田舎教師ときどき都会教師

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岩田健太郎 著『「リスク」の食べ方』より。麻酔と宿題は似ている。

 根拠のない不安感を打ち消すもっとも効果的な方法は、現実を見据えることです。しかし、現実を見据えることは簡単ではありません。それには勉強が必要ですし、あいまいで面倒くさいデータを解釈せねばなりません。そういう「根治療法」を無視して、とりあえず「麻酔だけ」かけときましょ、というのが不安の打ち消し作業、根拠のない不安の打ち消し、すなわち安心です。
(岩田健太郎『「リスク」の食べ方』ちくま新書、2012)

 

 おはようございます。昨日、クラスの子どもたちが階段で懐かしい遊びをしていました。グーはグリコで3歩進み、パイナツプルのパーとチヨコレイトのチョキは6歩進む、あれです。じゃんけんで勝ったら3歩か6歩進むことができるこの遊び、私が子どものころは「グリコのおまけ」と呼ばれていました。

 グリコのおまけのどこがおもしろいのかというと、勝ったときに進める歩数を考えたら「チョキ」か「パー」を出すのが賢明であり、さらに「パー」は「チョキ」に勝てないことを考えると「チョキ」一択(!)と思いきや3歩しか進めないけどリスクを取って「グー」を出す、そういうところです。つまり「リスク」の食べ方。医師の岩田健太郎さんの『「リスク」の食べ方』には、グーのない人生なんて、というメッセージが込められています。

 

 本当に生きるとはどういうことか。

 

 

 グリコのおまけで有名な製菓会社「グリコ」の名前の由来はグリコーゲンです。そのグリコーゲンを豊富に含んでいる食べ物といえば、牡蠣。昨夜、久しぶりに生牡蠣を食べました。日常において「金曜日の夜」と「生牡蠣」のコラボよりもしあわせなことはあまりありません。金曜日の夜の代わりに「暑い季節」と「冷えたワイン」を組み合わせるのも最高です。初任校でお世話になった漁師の畠山重篤さんが『牡蠣礼讃』という本にそう書いています。礼讃するなら「陰翳」よりも、「美味」である「牡蠣」というわけです。

 

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牡蠣礼讃(2020.1.17)

 

 牡蠣に当たったことはまだありません。初任校で働いていたときによく食べていたからでしょうか。漁師町だったので、保護者や近所の人たちがお裾分けしてくれたり、年に1回、牡蠣が食べ放題の「牡蠣むき体験」なんていう授業があったりしました。畠山重篤さんは《牡蠣を食べる機会が多い人は免疫ができるらしく、浜では当たるという話はない》と書いています。免疫については、実際のところどうなのかはわかりませんが。

 牡蠣という「リスク」を食べた結果、運悪く当たってしまった人は「もう一生牡蠣は食べない」なんて言います。しかし牡蠣のない人生なんて、金曜日の夜を保護者対応に奪われた学級担任のようなものです。地獄です。2012年の食品衛生法に基づく「(牛)レバ刺し」の禁止令によって、レバ刺しのない人生を受け入れざるを得なくなった人たちの哀しみが想像できます。

 

 ほとんど実害のないレバ刺しを禁止にするのは、安全を提供するというよりは、「安心」を提供する作業です。根拠に乏しい不安に対する麻酔薬です。

  
 食の安全・安心を考える。

 岩田健太郎さんの『「リスク」の食べ方』のサブタイトルです。例によって教育に置き換えると「学の安全・安心を考える」となります。学力の「学」、学のある人の「学」です。

 

 学の安全・安心を考える。

 

 上記の引用でいうところの「根拠に乏しい不安に対する麻酔薬」となるのは、学校では「宿題」です。不安ベースの保護者曰く「うちの子は家に帰ってきてから全然勉強しませんが、大丈夫でしょうか」云々。不安ベースの担任曰く「わかりました。宿題の量を少し増やしますね」云々。

 宿題が提供されることによって安心する保護者と、宿題を提供することによって保護者の不安に対応し自らの安心を得る担任と、《「権威者から出された課題は余計なことを考えずにこなしなさい」という、市民教育とは真逆のメッセージ》(スター・サックシュタイン、コニー・ハミルトン『宿題をハックする』)を受け取り続けることで未来の安全を脅かされる児童という構図です。

 麻酔がよいとか悪いとか、そういう話ではなく、宿題がよいとか悪いとか、そういう話でもなく、宿題は「宿題があるから勉強する、宿題がないから勉強しない」という児童に対する「根治療法」にはなっていない。宿題は、目的ではなく手段であるはずなのに、現状では、逆になってしまっているケースが多い。そのことに保護者も担任も気がついていない。麻酔が切れた途端、痛みを感じるようになるのと同じように、宿題が切れた途端、何もしなくなりますよ、という話です。

 

 現実を見据えること。

 

 お父さんは昨日、勉強しましたか。お母さんは昨日、勉強しましたか。根拠のない不安感を打ち消すもっとも効果的な方法は、現実を見据えることです。パパやママが勉強していないのに、子どもに勉強を求めるのは、或いは学校に宿題を求めるのは、間違っていませんか。

 

 本当に生きるとはどういうことか。 

 

 そういうことです。

 

 

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