田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『カーボンニュートラル革命』より。ハンディキャップをどう克服していくか。子どもも、そして日本も。

 本書では太陽光、風力について多くのページを割いてきた。その他にバイオマスや水力もあるが、太陽光と風力は不必要な規制を取り払うことができれば比較的順調に伸びていく可能性をデータで示して論じた。しかし地熱だけは伸び悩んでいた。世界第3位の資源量を有しながら、この停滞振りは一種の人災と考えるしかない。
 2018年に決めた電源構成で地熱は2030年であっても比率1パーセントでしかなく、しかもその達成もおぼつかない、それが現状である。
 何とかしなければならない。2021年の年明け、僕は自民党本部に二階俊博自民党幹事長を訪ねた。
(猪瀬直樹『カーボンニュートラル革命』ビジネス社、2021)

 

 こんにちは。地熱という言葉を目にすると脳が勝手に反応します。学生のときに所属していた研究室(工学部)の看板が地熱だったからです。優秀な先輩がたくさんいて、東大の助教になるような先輩もいて、フランスはソルツの高温岩体テストサイトに滞在するような先輩もいて、あ~、足元にもおよばない、それが現実であるって、卒業後の身の振り方についてしばしば悩んだものでした。
 何とかしなければならない。2001年の年明け、私は地熱発電というニューフロンティアを後にし、初等教育というアナザーフロンティアを訪ねます。あれから20年、あれだけ優秀な先輩たちがいたのに、世界第3位の資源量を有しているのに、原発と同様にベース電力となりうるのに、小説家の真山仁さんも「地熱が世界を救う」って言っていたのに、なぜ地熱は停滞しているのだろう。

 

 そっか、人災か。

 

 

 猪瀬直樹さんの新刊『カーボンニュートラル革命』を読みました。副題は「3000兆円の巨大マネー。その受け皿となる企業に!」です。

 カーボンニュートラルというのは《産業社会だけでなく生活環境のあらゆるシーンにおいても排出される二酸化炭素が自然界の吸収量とプラス・マイナスゼロにする、すなわちニュートラルにする》という意味です。簡単にいうと、脱炭素。歴史的にいうと、19世紀後半の産業革命に続く、第2のエネルギー革命です。レーニン曰く、

 

 戦略なき革命運動はありえない。

 

 カーボンニュートラル革命の時代であることを自覚しないと、革命で生まれる3000兆円の巨大マネーを不意にしてしまいますよ。また人災が起きますよ。だからみなさん、この本に書かれているファクトをもとに戦略を立てて、3000兆円の受け皿となる企業になりましょう(!)というのが『カーボンニュートラル革命』のメッセージです。具体的には、以下。

 

 第1章  石炭火力発電で非難される日本
 第2章  急加速するEVの時代
 第3章 「失われた2010年代」を打ち破る挑戦
 第4章  農業・製造業を強くする太陽光・風力発電
 第5章  地熱発電というニューフロンティア
 終 章  SDGsビジネスに乗り遅れるな

 第1章と第2章には、急加速するEV(電気自動車)の背景には、急拡大する自然再生エネルギーの普及があって、日本はそのどちらにも乗り遅れていますよという話が書かれています。

 石油や石炭を燃やして電気をつくり、その電気を使ってEVを走らせたところで、環境問題の解決にはつながりません。自然再生エネルギーというハードの上に、EVというソフトが展開しているのだから、セットで戦略を立てていかないと、日本の未来は危ういということです。製造立国・日本の最後の牙城であるトヨタだって、危うい。

 

 将来的にエネルギーはタダになる。

 

 テスラのCEOのイーロン・マスクはそう述べているそうです。施設の建造費のコストを別にすれば、太陽光も風力も地熱も「自然の恵み」であり「無尽蔵」なのでお金はかかりません。しかも《テスラが目指しているのは単に太陽光パネルによる発電ではなく、発電した電気を充電するシステムの開発により、発電所からの送配電の必要のない分散型のシステムの構築である》というのだから「未来」です。日本の2010年代を失わせた、原発一本足打法という集中型のプランニングよりも圧倒的に「クール」です。そして何より《僕もテスラを所有してみたい、と思った》という猪瀬さんが実際にテスラの新車を購入してしまうくらいに「セクシー」です。

 話は逸れますが、セクシーといえば、これ。2019年の国連気候行動サミットのときにメディアがおもしろおかしく取り上げ、わたしも「ろくでもない」なんて思ってしまった、小泉進次郎環境大臣の「セクシー発言」です。

 

「とても刺激的な会議でした。出席者が『この問題(環境問題)に取り組むことは楽しくなければいけない』と。すると彼女(フィゲレス氏)はこう付け加えたのです。『セクシーなことでもあるわ』と(小泉大臣とフィゲレス氏が笑い合う)。私は全面的に賛成ですね。政策論議には退屈なこともある。でも気候変動のような非常に大きな問題では楽しくないといけない、クールでないといけない。そしてセクシーでないとね。若い世代がカギとなる。若い人たちに模範を示し、楽しむことが解決につながる」
 フィゲレス前事務局長は、以前から環境問題を語る際に、しばしばセクシーという言葉を使っていた。

 

 そうか、セクシーじゃなかったのはメディアだったんだ。小泉進次郎環境大臣はまともだったんだ。眠い目をこすりながら、猪瀬さんの本を読んだり、神保哲生さんと宮台真司さんの「マル激・トーク・オン・ディマンド」を観たりしないと「メディアニュートラル」にはならないという、日本のこの現状。睡眠不足が常態で、1ミリも持続可能ではない教員の労働環境と合わせて、何とかならないものでしょうか。原発の安全神話だって、メディアニュートラル革命が起きていれば、とっとと崩れていたかもしれません。

 

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 さらに話は逸れていきますが、マル激・トーク・オン・ディマンドにも登場した齊藤幸平さんの『人新世の「資本論」』について、猪瀬さんが「終章」でサラッとふれています。

 

 貧富の格差の拡大など資本主義社会の行き詰まりがしきりに説かれている。コミュニズムの復活を説く本まで売れているが、それはあまりにも突飛な思いつきに思えるのは具体的な改革へどのステップを踏めばよいか見えないからだ。

 

 猪瀬さんの本の魅力は、『カーボンニュートラル革命』に限らず、この「具体的な改革へどのステップを踏めばよいか」が見えるところでしょう。見えるからこそ、2010年の衆院予算委員会のときに自民党の石破茂さんが『昭和16年夏の敗戦』を手に、当時首相だった民主党の菅直人さんに「これ読みましたか?」と訊ねた。代表作のひとつである『日本国の研究』が、道路公団民営化をはじめ、「公の時間」に変化を起こした。冒頭の引用に《何とかしなければならない。2021年の年明け、僕は自民党本部に二階俊博自民党幹事長を訪ねた》とあるのも、公の時間に生きる猪瀬さんならでは魅力です。

 

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 猪瀬さんのような「公の時間」を生きる大人を育てるには、教育はどうあればいいのか。話はさらにさらに逸れていきますが、先日、朝日カルチャーセンター主催の「猪瀬直樹の “コロナ敗戦” と『昭和16年夏の敗戦』」をオンラインで受講し、せっかくだからと思って「未来の子どもたちに身に付けてほしい力は?」という質問をしたところ、パラリンピックの話となり、「子どもたちは小さなつまづきを大きなものとしてとらえてしまう。だからハンディキャップを克服した選手たちの姿を会場で見て、ほんの一滴でもそのエキスを受け取ってもらいたかった。この機会を逃すのはもったいない」というような答えが返ってきました。

 

 ハンディキャップを克服する力。

 

 話を戻すと、地熱にしろ太陽光にしろ風力にしろ、自然再生エネルギーの普及において、解決すべきたくさんの課題を抱えている日本。そのことも影響してか、2020年のEVの販売台数は、あのトヨタでさえも世界17位という体たらく。つまり現時点で、日本は諸外国に比べ、大きなハンディキャップを抱えていることがわかります。それがファクト。では、克服するためにはどのようなロジックが期待されるのか。第3章~終章には、日本がハンディキャップを克服するための処方箋が書かれています。

 

 カーボンニュートラル革命。

 

 人災はもうごめんです。