田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

猪瀬直樹 著『マガジン青春譜 川端康成と大宅壮一』より。青春時代のトラウマを抱え続け、再解釈して磨き続ける。

 川端は孤児という劣等感に苛まれている。劣等感だけでなく、孤児ゆえに他者との距離感がわからない。父親や母親、兄弟や姉妹というものがわからないから、友人との心を許した交わり方も心得ない。自然の生態系から拒絶されている。孤独である。だがもはや孤立していない。
(猪瀬直樹『マガジン青春譜』文藝春秋、2004)

 

 おはようございます。新しくなった小学5年生の国語の教科書(光村図書)にやなせたかしさんの伝記が入っています。昨年までは、浜口儀兵衛の伝記「百年後のふるさとを守る」でした。防災教材としても知られる「稲むらの火」のモデルとなった浜口儀兵衛が、津波から村人を救い、その後、百年後のふるさとを守るために広村堤防を作ったという伝記です。自助、共助、公助という言葉が印象的な教材でした。

 

 皆で協力して堤防を作るという、公助。
 頭をかじらせるという、アンパンマン。
 

 時代の流れを感じます。やなせたかしさんの人生にも時代を感じました。5歳のときに父を亡くし、母と離れ、おじ夫婦に育てられたというやなせたかしさん。曰く「おじさんもおばさんもよくしてくれる。なのに、むねがつぶれるようにさびしいのは、なぜだろう」。《一歳で父親、二歳で母親に死に別れた》。猪瀬直樹さんの『マガジン青春譜』に登場する川端少年も、柳瀬少年と同じ心境だったかもしれません。

  

 

 猪瀬直樹さんの『マガジン青春譜 川端康成と大宅壮一』を再読しました。官僚制という借景を用いて三島由紀夫の生涯を描いた『ペルソナ 三島由紀夫伝』に続く、三部作のひとつです。もうひとつは『ピカレスク 太宰治伝』。 三島、川端、太宰。通読すると、明治、大正、昭和の日本人の精神史が視えてくるというすぐれものシリーズです。熟読すれば、6年生の社会科の授業に奥行きが生まれること間違いなし。その奥行きの深さたるや、大学レベルに相当せり。

 

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 1899年生まれの川端康成と1900年生まれの大宅壮一には共通点があって、ひとつは同じ旧制茨城中学(現・大阪府立茨木高等学校)に通っていたこと。そしてもうひとつが雑誌投稿です。

 

 家に戻ると、投稿のための文章をつづった。暗い檻に閉じ込められた囚人にも、まっすぐ仰げば青空が見える。東京の『少年世界』『文章世界』は、少年の青空だった。
 日記に、自分は居候だ、と書いた。祖父とたった二人で暮らし、孤児になったことを小説に書けば「傑作生ずべし」と考えた。
 だが投稿すれども採用されず、という結果がつづき落胆した。そのころ、大宅壮一という下級生が、部屋の四方をめぐらす鎖ほどのメダルを投稿で得ていると噂が聞こえてきた。

 

 スケールは異なれど、それから少年ではないけれど、もちろん少女でもないけれど、Blog や Twitter も川端少年にとっての《青空》と似ているかもしれません。或いは身を粉にして家業を手伝っていた大宅少年にとっての《暗い麹室に穿たれた小さな窓》と同じかもしれません。

 ブログを書く、ツイートする、著者本人のリプライがある、天にも昇る気持ちになる。猪瀬さんのコメント、嬉しすぎます。感謝です。川端少年も、大宅少年も、その時代を生きていた少年少女たちも、投稿誌に掲載されるたびに天にも昇る気持ちになったのではないでしょうか。

 

 天にも昇る気持ちになる。

 

 天にも昇る気持ちになるといえば、恋。三浦しをんさんの『舟を編む』には、《恋。ある人を好きになってしまい、寝ても覚めてもその人が頭から離れず、他のことが手につかなくなり、身悶えしたくなるような心の状態。成就すれば、天にものぼる気持ちになる》という有名な一節があります。この恋が成就しなかったのが川端康成であり、そして三島由紀夫でもあります。

 

 川端はハツヨに、そして三島は園子に振られる。

 

『マガジン青春譜』には《ハツヨはどうしただろう。無事ならよいが。もしや。咄嗟に思った。本能的に愛情を注ぐ対象はハツヨしかいないのだ。あらためて考えると他に孤児の自分が心配せねばならぬ人はいない。なんと悲しいことか、と思った。》とあり、『ペルソナ』には、三島の言葉として《「彼女のことを書かないでいたら、生きてはいられなかったと思います。生きてはいられないという大袈裟な表現が不当でないにしろ、僕は園子という存在に圧倒されていました。》とあります。

 川端は孤児という境遇にハツヨというトラウマが加わることによって、三島は祖母に幽閉されていたという少年時代の境遇に園子というトラウマが加わることによって、それぞれ文学者として大成したというわけです。ノーベル賞をとる、或いはとりそうになるレベルまでに。おそるべし、女性というトラウマ。以下のブログに書きましたが、フロイト・ラカン派が、トラウマは治すのではなく、抱え続け、再解釈して磨き続けることを推奨するという理由がわかります。冒頭の引用にある《だがもはや孤立していない》は、トラウマを抱え続け、再解釈して磨き続けてきた結果としての川端の到達です。

 

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 川端も三島もトラウマを抱え続けた。だからこそ優れた文学作品が生まれた。学業よりも家業を優先しなければいけなかった大宅も、壁を乗り越え、後にマスコミの帝王として大成した。戦争による飢餓というトラウマを抱えたやなせたかしさんも、同じ理路でアンパンマンを生み出した。では、トラウマになるようなことに限らず、あらゆる「壁」を取り除くように育てられている最近の子どもたちは、いったい何をバネにして大成すればいいのでしょうか。やはり、失恋かな。いや、大成しなくても幸せになれればいいのかな。ちなみに、やなせたかしさんの伝記が教材となっている単元の名前は「伝記を読み、自分の生き方について考えよう」です。

 

 マガジン青春譜を読み、子どもたちの生き方について考えよう。

 

 教育関係者と保護者のみなさん、是非。 

 

  

ペルソナ 三島由紀夫伝 (文春文庫)

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川端康成と大宅壮一 マガジン青春譜 (文春文庫)

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ピカレスク 太宰治伝 (文春文庫)

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