田舎教師ときどき都会教師

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猪瀬直樹 著『ジミーの誕生日』より。これを読まずして小学6年生に日本国憲法や日本近代史を教えることなかれ。

謎があればこころ穏やかならず、である。手紙の主は美人かもしれないという期待よりも、なによりも謎とあればすぐにそのとりこになる僕の貪婪な探究慾がまたもや首をもたげた。
(猪瀬直樹『ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」』文藝春秋、2009)

 

 おはようございます。ジミーの誕生日の翌日は我が家の長女の誕生日です。そしてその次の日はサンタクロースの誕生日。小学校の担任は、学級開き後の3日間を「黄金の3日間」と呼んだりしますが、私にとってのそれは12月23日からの3日間だったんだなって、今となってはそう思います。

 12月23日に代わって、2020年からはジミーのお子さんの誕生日が祝日となりました。ちょうど一ヶ月後の2月23日です。2月23日って、過去にどんなことが起きた日なのだろう。気になってしまい、ググってみることにしたのは、猪瀬直樹さんの『ジミーの誕生日』を読んだからです。

 

 1933年12月23日は、ジミーの誕生日。 
 1948年12月23日は、東條英機が絞首刑になった日。

 1945年2月23日は、硫黄島に星条旗が立てられた日。
 1960年2月23日は、天皇徳仁の誕生日。 
 

 順序からいって、2月23日は偶然です。写真家のジョー・ローゼンタールが「硫黄島の星条旗」(ピューリッツァー賞受賞)を撮ったちょうど15年後に、たまたま、ジミーの息子こと天皇徳仁が生まれた。

 でも、でもですよ、もしも12月23日の重なりが必然だったとしたら。たまたまではなく、意図的にその日を選んで東條英機を絞首刑にしたのだとしたら。落ち着かない気持ちになるのではないでしょうか。

 アメリカがジミーこと天皇明仁に刻んだ「死の暗号」によって、超自然的な力がはたらき、天皇徳仁の誕生日に意味をもたせようとしたのかもしれない。オカルトチックとはいえ、そう思えてしまうからです。

  

 

 猪瀬直樹さんの『ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」』を再読しました。6年生の担任や、中高で歴史を教えている先生には、ぜひ手にとってほしい一冊です。猪瀬さんの代表作であるミカド三部作(『ミカドの肖像』『土地の神話』『欲望のメディア』)と同様に、日本近代史の授業が小説のようにおもしろくなること請け合いです。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 ミカド三部作と同じように、学者のように調べ、小説のように書かれた『ジミーの誕生日』の目次は、以下。

 

 プロローグ
 第一章 子爵夫人
 第二章 奥日光の暗雲
 第三章 アメリカ人
 第四章 天皇の密約
 第五章 四月二十九日の誕生日
 第六章 退位せず
 終 章 十二月二十三日の十字架

 

 絞首刑の時刻が気になる。ストップウォッチを手に、タイムテーブルにのっとってなぜこれほど正確に、すなわち十二月二十三日零時一分三十秒に執行されねばならなかったのだろうか。念入りに予行演習をしなければできない作業である。

 

 プロローグの最後に出てくる問いです。小学校の社会科の授業で、単元の最初に「学習問題」をつくるのと同じように、猪瀬さんも「なぜ」を起点に探究をはじめます。なぜ東條英機(大将、元首相)をはじめとするA級戦犯7人は、12月23日になった途端、真夜中にもかかわらず、急かされるように殺されなければならなかったのか。

 

「ジミーの誕生日の件、心配です」

 

 続く第一章に手がかりが提示されます。時系列としてはプロローグよりも前のことになりますが、猪瀬さんのもとに手紙が届くんですよね。祖母の日記を読んだという39歳の女性から《前文お許しください。ご相談があります》って。結びは《ジミーって、誰? 祖母は何を心配していたのでしょうか。わたしの相談事は以上です》って。

 

 ジミーって、誰?

 

 その女性の祖母は子爵夫人です。その子爵夫人が日記に書き残した「ジミーの誕生日の件、心配です」(昭和23年12月7日)という謎の一文が、郵便的誤配というのでしょうか、お孫さんを介して猪瀬さんのところへやってきたというわけです。仕事のできる人のところに仕事が集まるように、謎の解ける人のところに謎は集まります。

 

 まずはジミーの件。

 

 ジミーというのは当時の皇太子明仁のことで、それは学習院にいたアメリカの英語教師エリザベス・バイニング夫人がつけたニックネームであろうって、さすが猪瀬さんです。以前に読んだ、バイニング夫人の『皇太子の窓』にそう書いてあったとのこと。もてるだろうなぁ。手紙の女性とも直接会い、小説のように美しい対話を重ねます。

 

 そして誕生日の件。

 

 ジミーの誕生日が皇太子明仁の誕生日だとすると、昭和二十三年十二月二十三日に何か特別なことが起きているのではないかと資料をめくるうち、東京裁判で死刑判決を受けた東條英機らA級戦犯が、実際に絞首刑に処せられた日であることを思い出しました。僕には、死刑執行の日が皇太子明仁の誕生日と同じであることが偶然ではないような気がしてきました。
 皇太子明仁の誕生日が十二月二十三日、東條英機が処刑されたのは十二月二十三日午前零時一分三十秒。ほんの一分ずらして無理矢理に十二月二十三日に持ち込んだような。

 

 これが授業だとしたらスリリングですよね。子爵夫人が「ジミーの誕生日の件、心配です」と書いたのは12月23日の2週間前です。その心配が、誰も知らないはずの「その日」を予想するものだったとしたら。いつか祝日が12月23日に変わったときに、誕生日を迎えるたびに絞首刑のことを思い出させて、《新しい天皇にも戦争責任が刻印され、引き継がれる》ことを誰かが意図したのだとしたら。まだ15歳だった皇太子明仁が、そのような重責を背負わされたのだとしたら。

 子爵夫人に「その日」を知らせたのは誰なのか。マッカーサーが守り抜いた天皇制って、いったい何なのか。それらの謎は、第三章以降、日本国憲法の出自を調べていくことで明らかになっていきます。

 

 日本国憲法の出自に迫ろう!

 

 って、そんなふうに言いながら、あの有名な、マッカーサーと昭和天皇が並んで写った写真を子どもたちに提示して、気付きをシェアすることからスタートしたら、日本近代史を学ぶにあたって、或いは6年生の4月に日本国憲法を学ぶにあたって、そしてその背景にある天皇制を学ぶにあたって、おもしろい導入になるのではないでしょうか。第三章以降には、マッカーサーがどのような意図をもって天皇制を守り、そして日本国憲法をつくったのかが、GHQ支配下の日本のリアルとともに描かれます。

 

「情熱的なお祖母さまは、最後の想い出のため暖かいリゾート地の別荘を借り、誰にも煩わされずに三日三晩を過ごしたそうです。僕はね、お祖母さまはD・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』のヒロイン、コニーにずっと似ていると思っていました」

 

 GHQ支配下で生まれた日本国憲法の出自が明らかになりつつ、すなわち「わたしたちはどこから来たのか」という出発点というか立脚点が明らかになりつつ、さらには公爵夫人の恋人も明らかになりつつ、読み進めていくにつれて日本近代史の解像度が飛躍的高まっていく『ジミーの誕生日』。エンディングも秀逸で、猪瀬さんと手紙の女性とのやりとりが公爵夫人のそれや日本とアメリカのそれと重なって小説のように‥‥‥、詳しくは読んでからのお楽しみです。

 

 明日は父の誕生日です。

 

 祝・喜寿。

 

 

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