田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

猪瀬直樹、東浩紀 著『正義について考えよう』より。日本には本来、正義があった。

東 僕はこの本を読んで、昔の猪瀬さんに久しぶりに会ったように感じました。高校生の頃、『ミカドの肖像』で猪瀬さんを最初に知り、それでファンになりました。あのノンフィクションは、東京をよく見るとプリンスホテルがいっぱいあるけど、あれは何だろうという素朴な疑問から始まり、最後はロンドンへ行く。『救出』にはそれと似たような感触がある。
(猪瀬直樹、東浩紀『正義について考えよう』扶桑社新書、2015)

 

 こんばんは。今日は土曜授業+補習授業+通知表の作成のための残業でした。コロナがヤバイ感じになっているこのご時世です。とりあえず土曜授業くらいやめればいいのに。ついでに通知表もやめればいいのに。多くの教員がそう思っています。でも「やめられない」のは、猪瀬直樹さんいうところの《決断しなければ責任は問われない》という、日本人の宿痾ともいうべき思考習慣がオートマティックに発揮されているからでしょう。まさに《正義は実行されず、不正義は分散されてしまう》です。土曜授業に限らず、日米開戦もそう、原発もそう、教員の無賃労働もそう、そして目下のところでは GoToトラベルもそうです。そこにあるのは正義ではなく、猪瀬さんの言葉でいうと、

 

 不決断という罪。

 

 この不決断によって、太平洋戦争では300万人を超える自国民が犠牲になりました。精神疾患による教員の病休者が毎年5000人を超えるのも、同じ類いの不決断から生じているに違いありません。社会学者の宮台真司さんの言い回しを借りれば、「土曜授業をどうするか」から「土曜授業をやめられない学校をどうするか」へ、「通知表をどうするか」から「通知表をやめられない学校をどうするか」へ、そして毎月80~100時間に及ぶ「無賃労働をどうするか」から「無賃労働をやめられない学校をどうするか」へ。

 

正義について考えよう (扶桑社新書)

正義について考えよう (扶桑社新書)

 

 

 猪瀬直樹さんと東浩紀さんによる『正義について考えよう』を再読しました。 東さんの新刊『ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる』が届いた日に、猪瀬さんの以下のツイートを見たのがきっかけです。

 

 

 ツイートに貼られている note に、東さんとの5年前の共著である『正義について考えよう』のことが書かれていました。猪瀬さんはうっかり忘れていたとのこと。でも、読み返してみたら《自分の本をほめるのも変だがこれがまたおもしろい》とのこと。そうです、これがまたおもしろいんです。

 

 第一章 安保法制を巡る議論と日本人の歪み
 第二章 戦後がもたらした ”ねじれ” と日本人の正義
 第三章 正義を語れなくなった町
 第四章 ジャーナリズムの変容とメディアのタブー
 第五章 当事者不在の東京五輪と日本のビジョン
 第六章 3・11で再発見した日本人の底力
 第七章 日本を変える知性を生み出せるか?
 第八章  「団塊の時代」と歴史の断絶
 第九章 新たな ”イエ” の創出と歴史の継承

 

 目次にそうあるように、この『正義について考えよう』は、東京五輪や3.11など、身近なところから、そして多様な観点から「正義」について考えられるように構成されています。小学校の道徳でいうところの「多面的・多角的に考える」ってやつです。

 

 例えば第二章。

 

 戦前の日本人の正義、戦後の日本人の正義について。猪瀬さんは大枠として次のように語ります。

 

 日本には本来、正義があった。途中まで繋がっていた正義が一回消えてしまって、いまではその正義と繋げる文脈を見つけにくくなってしまっている――それは、我われ日本人に歴史の知識がないことも含めて。それから70年もの、かなり手遅れな時間がたってしまった。

 

 正義が一回消えてしまったというのは、満州国をめぐって国際連盟を脱退することになった昭和8年あたりのことです。その頃から日本の正義の喪失が始まった、とのこと。その原因のひとつとして、猪瀬さんは昭和天皇がリーダーシップをとれなかったことを挙げています。おそらくは同情的な視線をもって。

 日本が国際連盟を脱退したとき、昭和天皇は31歳なんですよね。若い。陸軍や海軍、そして手練れの官僚機構を操れるわけがありません。猪瀬さん曰く《私は東京都知事を経験したけど、それぞれ各役所の持ち場があって、すべての報告が上がってくるわけではないから、個別の政策や作戦全部を指揮するのは不可能なんです》云々。猪瀬さんが東京都知事になったのは60代のときです。60代でも大変なのだから、いわんや31歳をや。

 昭和天皇が正義を実行できなかったために、或いは実行できるシステムになっていなかったために、不正義は分散され、日本は勝てる見込みのない戦争に突入して犠牲者を増やし続けた。現在の教育現場に置き換えれば、校長が正義を実行できないために、或いは実行できるシステムになっていないために、不正義は分配され、教員は定時に終わる見込みのない仕事に突入して犠牲者を増やし続けた、となります。

 

 ならないかもしれないけど。

 

 戦後はアメリカが育ててきた民主主義を正義とみなして、日本はそのやり方を教わった。仏作って魂入れず。やり方だけを真似したために、本来もっていた日本の正義とは違う正義が立ち上がってしまった。私が勝手に思っていることですが、教員の無賃労働なんてその典型。だから猪瀬さんは『ミカドの肖像』や『土地の神話』などの著作を通じて、東さん曰く《本来ない歴史というか、もう実感できなくなっている歴史を再構築》しようとした。本来の日本にあった正義を考えるために、です。

 

 ミカドの肖像。

 

 冒頭の引用は第六章からとったものです。ちょうど今、並行読書で『ミカドの肖像』を読んでいるところだったので、高校生のときにこの分厚い本を読むなんて、さすが東さんだなぁ、と感心というか羨ましく思いました。新刊の『ゲンロン戦記』に《ぼくは長いあいだ早熟だと言われてきたけれど、じっさいは全然そんなことはなく》とありますが、いやいや、全然そんなことはあります。東さんが早熟じゃなかったら、ミカドの肖像を渡しても1ミリも興味を示さない高校生の長女はいったいなんなのでしょうか。

 その東さんは、第三章で福島のことに言及し、なぜ福島は国民の関心から消え去っているのか、なぜ福島はチェルノブイリがそうしているような世界的なメッセージを、すなわち正義を語れないのか、というような話を展開しています。なぜに対する考えとして、東さん曰く《猪瀬さんは関心を抱かれるかもれませんが、原発事故処理については全体の司令塔がないんです》云々。やはりまたリーダーシップ不在の問題です。猪瀬さんが新刊の『公』で使っている言葉を借りれば、家長不在の問題。日本にいるのは、公に対する責任感のない放蕩息子ばかりというわけです。

 

 放蕩息子は、正義に疎い。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 ウクライナは「当局」をつくったのに、日本は原発問題の「当局」をつくっていない。経産省でも環境省でもない。避難区域の決定にしても、各自治体の個別判断に任されている。すなわち誰が意思決定をするのかわからない状態で、責任の所在が曖昧なまま。だから福島は正義を語れない。

 日本っぽい話です。正義は「倫理、合理性、法律、自然法、宗教、公正などに基づく道徳的な正しさに関する概念」(Wikipediaより)です。すなわち立ち位置によって様々に変化するものです。だからこそ「正義の実現」には責任とセットになったリーダーシップが必要となるのでしょう。

 

 と、思いきや。

 

 リーダーもビジョンも存在しなかったのに、正義が実現した例が第六章に描かれています。震災時に気仙沼で起きた救出劇。正義にまつわる話です。これだから正義について考えるのって、おもしろい。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 正義について考えるのはおもしろいけど、それから東さんの新刊の『ゲンロン戦記』もめちゃくちゃおもしろかったのでブログにまとめたいけど、とりあえず寝ます。土曜授業、疲れました。くたくたです。

 

 おやすみなさい。

 

 

ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる (中公新書ラクレ)

ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる (中公新書ラクレ)

  • 作者:東浩紀
  • 発売日: 2020/12/11
  • メディア: Kindle版
 
ミカドの肖像(小学館文庫)

ミカドの肖像(小学館文庫)

  • 作者:猪瀬 直樹
  • 発売日: 2005/03/08
  • メディア: 文庫