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猪瀬直樹 著『日本国・不安の研究 「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』より。教育のタブーにも、ぜひ。

 介護業界は離職率が高いし、求人難である。すでに中小零細は慢性的な人手不足であり賃金をアップさせることができる大手にこれから呑み込まれる。だが、生産性が高く、働き方改革を実現している合掌苑のやり方なら生き残れるだろうし、何よりも利用者にとってありがたいのは、介護スタッフが生き生きと働いている明るい施設があることだ。
(猪瀬直樹『日本国・不安の研究  「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』PHP、2019」)

 

 こんばんは。合掌苑というのは、東京都の町田市にある社会福祉法人のことです。生前、妻の祖母が合掌苑でお世話になっていたことがあり、妻が言うには「施設の人たちがみんな親切で、めちゃくちゃよかった」とのこと。だから引用にある《介護スタッフが生き生きと働いている明るい施設》というのは本当なのでしょう。介護する人が生き生きとしていれば、介護される人も嬉しい。

 

 教育も同じです。

 

 教員が生き生きとしていれば、子どもも嬉しい。教員採用試験の倍率が過去最低を記録し、公立校教員の精神疾患による休職が過去最多を記録している今、働き方改革は「待ったなし」のはずです。合掌苑の森理事長は《いっけん生産性と無縁に見える介護現場にこそ、生産性の向上が求められていると確信している》そうですが、いっけん生産性と無縁に見える教育現場にも、生産性の向上が求められているのではないでしょうか。

 

 学校のタブーに斬りこむ!

 

 

 猪瀬直樹さんの『 日本国・不安の研究  「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』を読みました。人生百年時代の後半戦に突入した猪瀬さんが、医療・介護を自動車に匹敵する巨大な産業としてとらえ、その持続可能性について考察した一冊です。目次は、以下。

 

 第1章  国民医療費43兆円のからくり 
 第2章  戦国時代の介護産業はどこへ向かうのか
 第3章  薬局調剤医療費の闇
 終 章  老後のお金と生き方の問題

 

第1章  国民医療費43兆円のからくり

 日本の人口あたりの病床数はダントツで世界一なのに、なぜアメリカの100分の1程度のコロナの感染者数で医療が逼迫したりするのか。

 

 そのからくりは?

 

 そういった趣旨の質問が話題となったのは、今から2ヶ月ほど前の1月13日です。場所は官邸。質問したのはビデオニュース・ドットコムの神保哲生さん。質問に答えたのは管義偉首相です。法改正が必要なのでは(?)という問いも含む神保さんの鋭い指摘に、管首相が思わず「国民皆保険の見直し」に言及したことから、そのこともまた大きな話題となりました。

 

 国民皆保険の見直し?

 

 そればかりでなく、医療・介護はクルマと同じくらい暮らしに密接な存在にもかかわらず、その内実がわかりにくい。大半が税と保険で賄われていることにより、市場のチェック機能がはたらかない。自動車の製造ラインはカイゼンやAI導入など効率化を高めることができるが、医療・介護は人件費の比重が七割にも達する労働集約型の産業である。

 

 市場のチェック機能がはたらかず、その内実がわかりにくい医療・介護産業に長~い老後を託すのは「不安」ではないでしょうか。だから「研究」してそのからくりを明らかにしてみました。家長としての、そんな親心すら伝わってくる『日本国・不安の研究』が書店に並んだのは、ビフォアー・コロナの時代の2019年12月24日です。

 

 おそるべし先見の明!

 

 病床数のからくりや国民皆保険の見直しにつながる国民医療費43兆円のからくりなど、ウィズ・コロナの時代における目下の話題をタイムリーかつ先んじて論じているのだから、さすが日本国のことを熟知している猪瀬さんです。

 第1章を読めば、それらのからくりが《日本独特の課題》を抱えていることがわかります。課題がわかれば、解決策を考えて実行すればいい。医療・介護産業のタブーに斬りこんだ猪瀬さんの研究成果が、道路公団民営化のときと同じように、普遍的な「公の時間」にダイレクトにつながっていくというわけです。

 

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第2章  戦国時代の介護産業はどこへ向かうのか

 むか~し昔、教育実習でお世話になった東京の小学校には、図書室やPTA室と同じ並びに、高齢者が集まる教室がありました。廊下でおばあちゃんとすれ違ったり、休み時間におじいちゃんと将棋をしたり。子どもたちはその「混ざった」環境の中で、高齢者に対する接し方を自然と学んでいたように思います。当時の校長曰く「子どもたちが大人になる頃には、4人にひとりくらいの割合で介護職に就く可能性がある。だから小学生のうちから高齢者と関わっておいた方がいい」云々。SOMPOなどの大手による吸収合併やM&Aが繰り返されている「介護産業の今」を考えると、猪瀬さんと同様に、

 

 おそるべし先見の明!

 

 そのNCCUが実施したアンケート調査(2017年9月)によると、介護職に対する不満の原因は「残業代を申請しづらい・44パーセント」など「近代」以前の体質についてであった。「残業を認めてもらえないために報告していない・23パーセント」とあり、かつての「女工哀史」のような暗い世界を連想させる。

 

 NCCUというのは日本介護クラフトユニオンのことです。かつての「女工哀史」のような暗い世界というのは、私たち教員の世界のことでしょうか。推測するに、教職に対する不満の原因も、残業代を申請しづらいどころか「毎月45時間なら残業してもOK、でも残業代はゼロだよ」などという「近代」以前の体質についてです。そういった体質を改善することに成功した例として紹介されているのが、冒頭に引用した合掌苑です。

 

 各アメーバのリーダーは経営者のように小集団の経営を行なう。各アメーバは自立した組織として明確な意思と目標をもつ。
 たとえば各フロアごとに「介護アメーバ」があり、また「看護アメーバ」は全フロアを通じて一つ、「調理アメーバ」も一つ。売上げも経費もアメーバごとに分離する。

 

 合掌苑では「アメーバ経営」を取り入れているそうです。京セラやKDDIの創業者である稲盛和夫さんが提唱してる経営哲学です。引用の「各アメーバ」を「各学年」に置き換えると、学校でも可能な気がするのですが、どうでしょうか。以前のブログに取り上げた、米澤晋也さんいうところの「指示ゼロ経営」も、この経営哲学に近いかもしれません。

 

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 合掌苑で働く介護スタッフの有給休暇取得率はほぼ100%だそうです。残業もいっさいさせない&しないそうです。労働時間が少なくなれば、すなわち分母が小さくなれば、労働生産性は上がりますからね。合掌苑を見習って、教育現場にも生産性を高めるという考え方を!

 

第3章  薬局調剤医療費の闇

 大きな病院の前に看板の大きさまで同じ、似たような店構えの調剤薬局が五軒も六軒も並んでいる。有名な神社仏閣の門前に参拝客のための土産店が建ち並ぶ様にたとえて「門前薬局」と呼ばれ始めたのはそれほど昔のことではない。

 

 調剤薬局って、儲かるそうです。どれくらい儲かるのかというと、猪瀬さんも驚いたそうですが、若くしてフェラーリが買えるくらいに、です。昔はそうではなかったのに。なぜそんなに羽振りがよくなったのか。キーワードは「医薬分業」です。ざっと流れを説明すると、以下。

 欧米先進国では医薬分業が当たり前なのに、かつての日本はそうでなかった。そうでなかったから、病院における「薬漬け」や「薬の過剰投与」などの問題が起きていた。そこで、遅きに失したとはいえ、日本も1970年代に医薬分業へと舵を切った。そして2000年代に入って急速に分業化が進んだ。その結果、門前薬局が急に増えた。マツモトキヨシなどのドラッグストアも急に増えた。さらに薬学部の定員も急に増えた。日常風景のなかに現われたそれらの変化は、日本独特のものであったとはいえ、そしてフェラーリのような「闇」も生んだとはいえ、全て《医薬分業という遅れていた日本の近代化政策の産物であった》というわけです。

 

 医薬分業のために患者・保険者負担の技術料を高く設定した。門前薬局など調剤薬局のビジネスが繁盛すればそこに従事する薬剤師も増える。つまり政策コストによりつくり出された需要によって薬剤師数が増えた。

 

 教員の数も増えればいいのにって、そう思います。教育学部の志願者数はこの10年で激減しています。薬学部の人気とは対照的です。

 

 分業が必要なのは、学校も同じ。

 

 コストをかけて政策的に誘導することによって、医療現場にこれだけの変化を起こすことができるのであれば、教育も何とかしてほしい。

 

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 年金のことを扱っている、終章の「老後のお金と生き方の問題」には、次のようにあります。

 

 医療・介護を産業としてとらえる。年金は産業ではない。その視点をはっきりとさせて、努力で課題を解決し改革を進める処方箋を書いたつもりである。

 

 教育も産業です。20年前に出版された『小論文の書き方』に《教育はやさしいそうでむずかしいテーマ》と書いている猪瀬さんが、教育のタブーに斬りこんでくれる「いつか」を期待しつつ。

 

 サヨナライツカ。

 

 おやすみなさい。

 

 

小論文の書き方 (文春新書)

小論文の書き方 (文春新書)

  • 作者:猪瀬 直樹
  • 発売日: 2001/04/20
  • メディア: 単行本