田舎教師ときどき都会教師

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最相葉月 著『星新一 1001話をつくった人』より。1001話をつくった星新一 VS 1001コマ以上の授業をもつ教員

 でも、1001編を書き上げてからは、家族で過ごすことが多くなり、心は少し和らいだようだった。~中略~。
 ある日、若い編集者が家にやってきたとき、壁に飾っていたピカソやビュッフェのリトグラフを見て驚かれたことがあった。
 すると新一は、
「いやあ、ほんとうの楽しみはこれなんだよ」
 といって、家族のアルバムをうれしそうに見せていた。
 人の書く星新一はどれも香代子の知らない顔ばかりだったが、ようやく家に戻ってきてくれたような気がした。
(最相葉月『星新一 1001話をつくった人』新潮社、2007)

 

 こんばんは。上記の引用に「2007」と打ち込みながら「もう10年以上も前のことかぁ、最相葉月さんの『星新一  1001話をつくった人』を読んだのは」とちょっとびっくりしました。2007年といえば、世相的にはケータイ小説がブームとなった年であり、個人的には妻のお腹の中にいる次女に「おーい、でてこーい」と呼びかけながらポンポンと「ノックの音」を届けていた年でもあります。呼びかけとノックの音が影響したのかどうかはわかりませんが、最近、もうすぐ中学生になる次女が、星新一さんのショートショートにはまりつつあります。手軽に読めるという理由でケータイ小説がブームとなったように、同じ理由でショートショートが次女のブームになってくれれば、よい読書習慣が身につくのではないかと「ひとにぎりの未来」に期待している2019年です。

 

おーいでてこーい ショートショート傑作選 (講談社青い鳥文庫)

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 先人の生き方に学ぶ。

 

「結局、人。やっぱり、生き方。」と題して、道徳の授業で漁師の畠山重篤さんや医師の中村哲さんなどを教材化して取り上げはじめたのもあの頃です。本を何冊か読み、授業で取り上げたい価値(環境保全や生命尊重など)を中心に編集しながら資料をつくるという「大変だけど楽しい」仕事。最相葉月さんの『星新一 1001話をつくった人』も、読み終わってからすぐに教材化を試みました。

 国語の授業のときに星新一さんのショートショートを何編か紹介し、ライティング・ワークショップで実際にショートショートを書いてみる。そして道徳の時間に「継続は力なり。1001話をつくった星新一の生き方に学ぶ」という授業をうつ。「ありふれた手法」なのかもしれませんが、これぞ横断的な学習だ(!)なんて思いつつ、授業は「生きる楽しみ」だと感じていた2007年、アラサーだったわたしです。

 

 大衆につくすことは手塚にとっては「生きる楽しみ」だったかもしれない。かつての自分がそうであったように。しかし、あるときからそうではなくなっていた。

 

 同著より。手塚とはもちろん漫画家の手塚治虫のことです。大衆につくして漫画を描き続けることも、大衆につくしてショートショートを書き続けることも、あるときまでは「生きる楽しみ」であったのに、あるときからそうではなくなってしまった。1001話という「量」に目が奪われるようになってからというもの、作品の「質」が曇り始めた。作品だけでなく、家族の質も。だから人生の質も。そういった話です。

 

 ぼくはサービスしすぎたかな。

 

 晩年、星新一さんが親しい編集者の前でしきりに口にしていたという言葉です。2007年には刺さらなかった言葉が、2019年、アラフォーの今はとても刺さります。定額働かせ放題と呼ばれるサービス残業に明け暮れるている、わたしたち教育公務員。「悪魔の標的」になったわけでもないのに、過労死という言葉に「どこかの事件」とは思えない近さを感じる毎日です。

 毎年1000コマ前後の授業をしている教員も、サービスのしすぎなのではないか。わたしが授業のことを「生きる楽しみ」だと感じなくなってきたのは、20代と30代のときにサービスをしすぎたからではないのか。最相葉月さんの『星新一』を久し振りに読み返しながら、そんなことを考えました。

 

 一生で1001話をつくった小説家。
 一年で1001コマをもつ学級担任。

 

 ショートショートと同じように、授業にもストーリーがあり、起承転結があったり、はじめと中と終わりがあったりします。それを国語算数理科社会(他にもいっぱい)と毎日考えます。10年続けたら10000コマ以上の授業。そりゃ、大変です。「10000」なんて数字を聞いたら、星新一さんだってびっくりするでしょう。

 

 この世に子どもがいる限り、ぼくの本は読まれ続ける。

 

 そんな台詞を口にすることができるくらい、大人だけでなく、子どもの読者にも恵まれた星新一さんでしたが、1001話を書き上げる過程で、「いやあ、ほんとうの楽しみはこれなんだよ」と後に語っている「家族と過ごす時間」を犠牲にすることになります。最相葉月さんは、作家の石川喬司さんの「読者の得たものが大きければ大きいほど、作家が失ったものは大きい」という言葉を引いて、そのことをわたしに伝えます。

 

 教え子の得たものが大きければ大きいほど、担任の失ったものは大きい。

 

 20代と30代のときには感じなかった、そんな「悪魔のいる天国」のような一面を忘れてはダメだなって思いつつ、今日を閉じます。

 

 おやすみなさい。 

 

 

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