田舎教師ときどき都会教師

テーマは「小学校教員の働き方と生き方」&「本、旅、人」

平野啓一郎さんの話を味わった夜。文学ワイン会「本の音 夜話」にて。

 トーマス・マンは、「偉大さと大衆との断絶」に言及して、ゲーテが死んだ時には、「大いなる牧羊神の死を悼むニンフたちの嘆きの声ばかりではなく、『ほっ』という安堵の溜息もはっきりと聞こえたのでした。」と語っている。ゲーテでなくとも、天才とは、周囲の者の生にとって、常に幾ばくかはそういうプレッシャーの源であるに違いなかった。
平野啓一郎『マチネの終わりに』毎日新聞出版、2016)

 

 今日は午後から年休をとって、文学ワイン会「本の音 夜話(ほんのね やわ)」に参加し、髭ダン(Official髭男dism)と同じくらい大好きな、小説家の平野啓一郎さんの話を味わってきました。場所は銀座にある「ワインショップ・エノテカ  銀座ミレ店」です。

 

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夢のような時間のはじまり🎵

 

「お子さんの教育について」
「思い出に残っている小学校の先生について」

 

 最初に配られた「平野さんに聞きたいこと」という用紙に、文学とは全く関係のない、職業意識丸出しの上記の質問を書いたところ、何と、インタビュアーが「質問コーナー」のトップで取り上げてくれました~(祝)。 
 もうすぐ日付も変わるし、ワインと平野さんのトークで酔っ払ってもいるので、詳細は明日か明後日のブログに書きます。ちなみに平野さんも「酔っているときは仕事をしないし、SNSにもさわらない」と話していました。

 

 以下、2016年の学級通信「コラボ」より。

 

 GWが始まる前の夜に、代官山の蔦谷書店で行われたミニトーク会に参加してきました。ゲストは平野啓一郎さんです。上記『マチネの終わりに』の表現を借りれば、「神様が戯れに折って投げた紙ひこうきみたいな才能」をもった、「天才」作家さん。どこまでも知的で落ち着いた語り口に、始めから終わりまでずっと「才能があるって、羨ましいなぁ」と思っていました。詩人が句読点でも打つかのように、話題に沿った的確な言葉を並べていくし、同業でも知り合いでもないので、プレッシャーの源にもなりえないし。単純に、尊敬です。

 

 いい本を、ゆっくりと考えながら読むこと。

 

 言葉の力や考える力をつけるためには、或いは明晰さをもつためにはどうすればよいのか。うろ覚えですが、会場からのそのような質問に対して、平野さんは「いい本を、ゆっくりと考えながら読むこと」と答えていました。

 

 いわゆる、スローリーディング。

 

 仕事に子育てに忙しい大人だからこそ、たまにはゆっくりと時間をかけて一冊の良書と向き合い、心を整えていきたいものです。本を読む姿を我が子に見せるという意味でも、大切ですから。

 

 一方で、(平野さんが言っていたわけではないですが、)子どもには多読が求められます。

 

 忙しさが雪崩のごとく襲いかかってきた連休前までの一ヶ月。担任の忙しさをよそに、子どもたちは各教科の授業等を通して、読んだり書いたり、聞いたり話したりする学習に、それぞれよくがんばって取り組んでいました。泳ぐ力をつけるためには泳ぐしかないのと同様に、書いたり話したりする力をつけるためには、書いたり話したりするしかありません。才能の裏に努力あり。読書でいうと、大人には「ゆっくり」が、子どもには「浴びるように」が求められます。経験上、国語に限らず、あらゆる時間を使って日本語のレベルアップを図っていくことが、そして言葉を介したクラスメイト同士のかかわりの量を増やしていくことが、学級づくり(チームビルディング)の「肝」と考えています。来週から始まる家庭訪問の折にでも、子どもたちのがんばりをお伝えすることができればいいなと思います。よろしくお願いします。

 

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店内に飾られていた『マチネの終わりに』のCDと、カッコいいとは~🎵

  

 

 ワインを2本買って、そこに平野さんにサインをしてもらって、しあわせな気分で帰ってきました。台風が接近していますが、雨にも負けず、風にも負けず、明日もがんばれそうです。

 

 おやすみなさい。

 

 

マチネの終わりに

マチネの終わりに