田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

映画『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』(細川徹 監督)& 鈴木光司 著『パパイズム』より。学校を削って家庭に還す。ええ加減に。

 「家族サービス」という言葉がきらいである。
 この言葉のウラには、せっかくの休日を家族とともに過ごすのはもったいない気がするという発想がある。しかし、いまだかつてボクは一度もそんなふうに考えたことがない。ボクにとっては、いつも妻と子と一緒にいる生活こそが、何にもかえられない楽しみであり喜びなのだから。
(鈴木光司『パパイズム』角川文庫、1999)

 

 こんにちは。昨夜、映画『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』(細川徹 監督作品、2019)を観ました。原作は、作家のヒキタクニオさんが自身の体験を綴った同名のエッセイです。テーマは「妊活」。就活、婚活、そして「妊活」。最近では保活なんていう略語もあるそうです。子どもを認可保育所に入園させるための活動のことを指すそうですが、うまくいったら「ヒキタさん! ご入園ですよ」なんて言われるのでしょうか。その調子でいくと、終活の際には「ヒキタさん! ご臨終ですよ」などと言われかねません。

 

 ヒキタさん! ご懐妊ですよ。

 

ヒキタさん! ご懐妊ですよ

ヒキタさん! ご懐妊ですよ

  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: Prime Video
 

 

 49歳の人気作家・ヒキタクニオが、一回り以上年下の妻・サチから「ヒキタさんの子どもに会いたい」と告げられ、その日から夫婦の妊活がはじまるというのが、映画の起承転結の「起」です。「承」と「転」では、妊活を通して夫婦がより夫婦らしくなっていく様子が涙と笑いを交えながらあたたかく描かれます。ちなみに不妊の原因は夫というか夫の精子によるもの。精子に喝を入れるべく、ヒキタクニオを演じる松重豊さんが、酒を断ったり走ったり、果ては金〇を冷やしたりして、涙ぐましい努力を重ねます。その姿が愛とユーモアに満ちていて、とっても「よい」のですが、ちょっとパパイズムに偏り過ぎていないか(?)と思いはじめたところで、タイミングよくサチを演じる北川景子さんが喜怒哀楽の「怒」と「哀」を爆発させます。うまい展開だなぁ。「結」は秘密にしたいところ。でも、タイトルからバレバレですね。

 

 スズキさん! ご懐妊ですよ。

 

パパイズム (角川文庫)

パパイズム (角川文庫)

  • 作者:鈴木 光司
  • 発売日: 2015/03/10
  • メディア: Kindle版
 

 

 映画の後に、鈴木光司さんの『パパイズム』を読み返しました。いわゆる子育てエッセイですが、同じ「作家」でも「妊活」のとらえ方は全く異なっていて、鈴木さんは同著の「ボクの『子づくり』ベストタイミング」の中で《よし、十月に生まれるように子どもをつくろう! ボクと妻の意見はそこで一致した。そうとなればあとは簡単。計算して排卵日に合わせ、ひたすらガンバルだけだ》と書いています。

 

 簡単かぁ。

 

 妊活する夫婦がいる一方で、計画通りに子どもを産んだり、無計画に子どもを産んだりする夫婦がいるということです。神も仏もへったくれもありません。神の沈黙に人は科学で応えた。仏の沈黙にも人は科学で応えた。両親の愛情と顕微授精の末に産まれたヒキタさんのお子さんを例に挙げれば、そうなるでしょうか。

 

 学校を削って家庭に還す。

 

 ステイホームが続く現在、或いはステイホームが戦時下の防空警報のように散発的に繰り返されることが予想される未来、パパイズムやママイズムの在り方は、これまで以上に子どもの育ちに影響を与えるようになります。鈴木光司さんのパパイズムは、簡単にいうと「ええかげん」な子育てに支えられたもの。すべてを完璧にやる必要はないですよ、まずは親がストレスをためないことがすごく大事ですよ、という「イズム」です。パパの「ええかげん」さの陰でママがその「ええかげん」さをフォローしてストレスを溜めているという構図も予想されますが、要はバランスの問題。親が余裕を失ったら、家族と過ごす時間が「家族サービス」に堕してしまいますからね。家族と過ごす時間はサービスなどではなく、鈴木さんも書いているように《何にもかえられない楽しみであり喜び》です。手段ではなく目的。人生そのもの。ちなみにステイホームの現在は、「家庭を削って学校に盛る」というフェーズから「学校を削って家庭に還す」というフェーズにシフトした状態にあるといっていいでしょうか。

 

 社会を削って経済に盛る → 経済を削って社会に還す。
 家庭を削って学校に盛る → 学校を削って家庭に還す。
 

 厚生労働省によると、4月の全国の自殺者数が前の年に比べておよそ20%減ったそうです。経済を削って社会に還すことに、或いは学校を削って家庭に還すことに大きな意味を見出だせる結果です。教員を含め、社会を削る長時間労働は減らすべきだし、学校はもっと家庭や地域社会を頼っていい。コロナ禍によって労働時間が減り、家族と過ごす時間が増え、鈴木さんのように《いつも妻と子と一緒にいる生活こそが、何にもかえられない楽しみであり喜び》だと感じているパパが家庭で活躍しているのかもしれない。20%減は、そのように解釈できる結果でもあるからです。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 電話でクラスの子どもたちのパパやママと話をしていると、実感として7割くらいの家庭がステイホームを「ええかげん」に楽しんでいるように思います。2割は微妙。心配なのは残り1割くらいの家庭でしょうか。でもそれは今に始まったことではありません。《簡単》と思っていない家庭をサポートすること。コロナの前も今もそれは同じです。

 

 学校を削って家庭に還す。

 

 ええ加減に。