田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

東田直樹 著『跳びはねる思考』より。ありのままの自分でいられるということ。ありのままの自分で社会につながるということ。

―― 今、東田さんは「居場所がない」とおっしゃいましたが、東田さんの考える居場所とは、どういった場所なのでしょうか。
東田 自分らしく生きられるところだと思います。おわり。
―― 東田さんは、どういう時に、自分らしく生きていると感じられますか。
東田 僕は、自分から人と関わることができませんが、ひとりが好きなわけではありません。僕は、ありのままの自分で、気持ちが穏やかな状態でいられることを望んでいます。おわり。
(東田直樹『跳びはねる思考  会話のできない自閉症の僕が考えていること』角川文庫、2018)

 

 こんばんは。思考も身体も跳びはねるどころか伸びきったゴムのようになっています。跳びはねるためにはしゃがまなくてはいけないのに、4月のこの(クソ)忙しさです。そんな余裕はどこにもなく、自分を大切にすることもできません。教員の「自分を大切にできない」という在り方は、やがてはコロナと同じように教室に拡がり、子どもたちも「ありのままの自分」ではいられなくなってしまうのではないかと、心配です。

 

 ありのままの自分。

 

 

 教え子には、ありのままの自分を大切にしてほしい。自分らしさを犠牲にすることなく、ありのままの自分で社会(教育現場)につながってほしい。おわり。

 

 

 東田直樹さんの『跳びはねる思考』を読みました。 映画『THE REASON I JUMP』を観て、東田さんのことを知って、処女作の『自閉症の僕が跳びはねる理由』を読んで、「もしかしたら道徳の資料として教材化できるかもしれない!」と思ったので、続けてもう一冊。理由から思考へ。タイトルに違わず、13歳のときに書いたという処女作よりも、ずいぶんと成長したなぁと感じさせる、東田さん22歳のときのエッセイ集です。目次は、以下。

 第一章 僕と自閉症
 第二章 感覚と世界
 第三章 他者とともに
 第四章 考える歓び
 第五章 今を生きる
 

www.countryteacher.tokyo

 

―― 小学校五年生まで、普通クラスに通われていたそうですね。
東田 授業中も、母が隣や後ろにいてくれました。集団での指示が通りにくかったり、どこを勉強しているのかわからなくなったりすると、母が僕を助けてくれました。
 もちろん、先生や友達も助けてくれましたが、それだけではみんなのように勉強するのが難しかったのです。おわり。

 

 各章の結びに収録されている「編集部によるインタビュー」が印象に残りました。上記のやりとり然り、冒頭に引用したやりとり然り。エッセイよりもインタビューの方が印象に残った理由はといえば、映画と処女作のことをブログに書いてツイートしたときに、ベル邸さんから以下のようなリプライをいただいたからです。

 

 

 ベル邸さんの考えを端的にいえば、本に書かれている東田さんの言葉は「ありのままの東田さん」ではないのではないか、となります。ベル邸さん曰く《ニセモノではないか》と。ベル邸さんのブログを読めばわかりますが、礼儀正しく、丁寧な言葉で綴られていて、いちゃもんをつけている感じでは全くありません。ベル邸さんは、真剣に、矢の如くストレートに、東田さんの言葉に疑問を呈している。

 

 ニセモノ?

 

 学校現場に置き換えれば、つまりこういうことです。クラスの子どもたちが書いた作文の中からコンクールに出品する作品を選ばなければいけない。そういったとき、担任は「磨けば光る」作品を選んだ上で「整える」のが普通です。換言すると「手を加える」ということです。指導力が問われるということもあって、ありのままで出す人は(たぶん)いません。それが指導なのか、それとも指導の範疇を超えているのか。その線引きはイルカの子どもとクジラの子どもを見極めるくらいに難しく、ときに思わぬ波紋を生みます。

 

 それ、もう私の絵じゃないじゃん。

 

 姉が小学生だったときに、図工の先生が「ここをこうするともっとよくなる」って、姉の目の前で「私の絵」に別の色や線を描き加えたそうです。しかも大胆に。おそらくは職業的な善意で。生まれ変わった作品はコンクールに出品されたそうですが、姉は「それ、もう私の絵じゃないじゃん」って思っていたとのこと。四半世紀以上経っても覚えているくらいだから、姉にとっては青天の霹靂だったのでしょう。ありのままの自分でいたかったのに、なぜ?

 

 では、東田さんの場合はどうなのか?

 

 わかりません。ただ、教員の見方・考え方でいえば、火のない所に煙は立たぬと同じで、ゼロから創造されたものではないのだろうなって、そう思います。引用したインタビュー記事が印象に残ったのも、そういった理由からです。インタビュアーに対する答えと、エッセイの言葉に、乖離はない。複数人から構成されているであろう「編集部」が、図工の先生のようなことをしているとは考えにくい。それに、13歳のときに書いた処女作に比べて、22歳の思考は、明らかに言葉が育っている。

 

 僕にとって家族の声かけは、光そのものでした。言葉というのは、長い時間をかけて育てていくものではないでしょうか。

 

 本物とニセモノと、その中間と。

 

 光と影と、その中間と。

 

 おわり。

 

 

The Reason I Jump: one boy's voice from the silence of autism

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  • 作者:Higashida, Naoki
  • 発売日: 2014/04/24
  • メディア: ペーパーバック