田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

村上春樹 著『一人称単数』より。一人称単数として生き続けるためには、二人称や三人称が大事。

 私のこれまでの人生に――たいていの人の人生がおそらくそうであるように――いくつかの大事な分岐点があった。右と左、どちらにでも行くことができた。そして私はそのたびに右を選んだり、左を選んだりした(一方を選ぶ明白な理由が存在したときもあるが、そんなものは見当たらなかったことの方がむしろ多かったかもしれない。そしてまた常に私自身がその選択を行ってきたわけでもない。向こうが私を選択することだって何度かあった)。そして私は今ここにいる。ここにこうして、一人称単数の私として実在する。
(村上春樹『一人称単数』文藝春秋、2020)

 

 おはようございます。今朝の通勤のお供はポール・オースターの『ブルックリン・フォリーズ』(柴田元幸 訳)です。まだ読み始めたばかりですが、これがまたおもしろくて、登場人物がヘンリー・デイヴィッド・ソローについて語った《社会が押しつけてくる命令を拒む勇気があるかぎり、人は自分の定めたやり方で生きることができる。何のために? 自由であるために。でも何のための自由? 本を読み、本を書き、考えるために》なんていう生きのいい文章を頭の中で反芻していると、仕事に行かずにこのまま読み耽ることができたらどんなに幸せだろうって、そんなことを考えてしまいます。資本主義に背を向け、ウォールデン池のほとりにある森で本を読むのもよし、ノルウェイの森で本を読むのもよし。勇気があれば、東と西、右と左、どちらにだって行くことができる!

 

 勇気があれば。

 

ブルックリン・フォリーズ (新潮文庫)

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森の生活 上: ウォールデン (岩波文庫)

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森の生活〈下〉ウォールデン (岩波文庫)

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ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

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  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2004/09/15
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ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

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  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: ペーパーバック
 

 

 まぁ、でもこのまま電車に乗って本を読み続けるのは勇気というよりも病気にカテゴライズされてしまうような気がするので、普段通り、学校にいっちゃいます。

 

「ねぇ、いっちゃうときに、ひょっとしてほかの男の人の名前を呼んじゃうかもしれないけど、それはかまわない?」と彼女は尋ねた。僕らは裸で布団の中にいた。

 

 70代になった今も「いっちゃう」なんて文章を書いている、ノーベル文学賞候補のハルキムラカミと、推測しうるかぎり、女のいない男たちのひとりとして童貞のまま永遠の眠りに就いてしまったソロー(1817ー1862)とでは、それぞれの描く文学としての「森」(『森の生活』、『ノルウェイの森』)に違いが出てくるのは当然です。ソローは「孤独」を選び、ハルキは「女性」を選んだ。右と左でいえば、そういうことです。

 

一人称単数

一人称単数

 

 

 村上春樹さんの新刊『一人称単数』を読みました。短歌詠みの《いっちゃう》女の子が出てくる「石のまくらに」で始まり、表題作の「一人称単数」で終わる、全8作が収録された短編小説集です。目次は以下の通り。

 

 石のまくらに
 クリーム
 チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ
 ウィズ・ザ・ビートルズ  With the Beatles
「ヤクルト・スワローズ詩集」
 謝肉祭(Carnival)
 品川猿の告白
 一人称単数

 

 この中で女性と関係のない作品は「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」と「ヤクルト・スワローズ詩集」だけです。チャーリーは「ジャズ」がらみ、ヤクルトは当然「神宮球場」がらみ、そして他の6編は「女性」がらみです。ジャズといい神宮球場といい女性といい、村上春樹さんらしいですよね。

 

 村上春樹さんらしい。

 

 そうです。らしいなぁ、という短編集なんです。逆にいうと、またか、とも思う。「ウィズ・ザ・ビートルズ  With the Beatles」に出てくるガールフレンドは『ノルウェイの森』でいうところの直子かなとか、「謝肉祭」に出てくる醜い女性は『国境の南、太陽の西』でいうところの島本さんかな、いや違うなとか。「品川猿の告白」を引けば、新刊を読み進めていく上で、過去の作品が《ささやかな燃料》になっていることがわかります。

 

私はこうしてこの心に(と言って猿は自分の毛だらけの胸に手のひらをあてた)、かつて恋した七人の美しい女性のお名前を大事に蓄えております。私はこれを自分なりのささやかな燃料とし、寒い夜にはそれで細々と身を温めつつ、残りの人生をなんとか生き延びていく所存です。

 

 過去の作品を思い出しながら晩年の作品を味わうという振る舞いと、過去の女性を思い出しながら残りの人生をなんとか生き延びるという振る舞いが、どこか似ているような気がして、それもまたメッセージなのかなぁと思いました。ちなみに品川猿と同じようなことを、ソローも言っています。曰く《人間は、真冬の中にあっても、わずかな夏を心に持ち続けなければならない》云々。

 村上春樹さんにとっての「ささやかな燃料」が女性との思い出だったのに対して、ソローにとっての「わずかな夏」は何だったのでしょうか。ソローは短命でした。一人称単数として生き続けるためには、すなわち残りの人生をなんとか生き延びていくためには、「ささやかな燃料」や「わずかな夏」が必要であり、そのためには「二人称」や「三人称」が欠かせない。そんなことを考えさせられた久々の村上春樹ワールドでした。

 

 今年はそれこそ「わずかな夏」。

 

 でもだからこそ「燃料補給」を。

 

 

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

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国境の南、太陽の西

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