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エマニュエル・トッド、片山杜秀、佐藤優 著『トッド人類史入門』より。トッドの名著『西洋の敗北』の手引き書!

 ロシアとドイツを結ぶバルト海の天然ガスパイプラインの破壊も、西側メディアでは「ロシアによる工作だ」という論調ですが、私は米国と英国とポーランドが破壊したと確信しています。天然ガスを止めたいのなら、ロシアは単にパイプラインの栓を閉めればいいからです。
 ロシアが掌握している刑務所や原発を自ら攻撃する、というのもあり得ません。こんな根拠のない ”情報” が英国中心に発せられ、西側メディア全体が好戦的になっています。私はBBC以上に『ガーディアン』紙の報道がおかしくなっていることにショックを受けていて、エリートが劣化した英国の危機をそこに見ています。
(エマニュエル・トッド、片山杜秀、佐藤優『トッド人類史入門』文春新書、2023)

 

 こんばんは。C県では2校目となる某小学校に異動してから約半月。依然としてわからないことだらけですが、3日後だったり3週間後だったり3ヶ月後だったりの見通しが全く立たないという、まさにそのことを逆手にとって、

 

 定時退勤。

 

 名付けて「何をすればいいのかわからないからとりあえず帰ろう」作戦を決行しているここ数日です。昨日も今日も、作戦成功。

 

葉桜のトンネル(2025.4.16)

 

 見通しが全く立たないというのも、もしかしたらそれほど悪いことではないのかもしれません。昨日、葉桜のトンネルに寄り道しつつ、そんなことを考えました。3日後だったり3週間後だったり3ヶ月後だったりの見通しをもてるようになったら、あれをやっておかないといけない、これもやっておかないといけないって、忙しくなるのは目に見えていますから。エマニュエル・トッドの母方の祖父であるポール・ニザンの名文「僕は20歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて、誰にも言わせない」風に表現すると次のようになります。僕は見通しがもてなかった。それが勤務校でもっとも早く帰れるときだなんて、

 

 誰にも言わせない。

 

 

 エマニュエル・トッド、片山杜秀、佐藤優 著『トッド人類史入門』を読みました。作家の猪瀬直樹さんが「NIKKEI 日曜サロン」(2025年4月6日)に出演した際、トッドの『西洋の敗北』に言及していたことから興味をもち、まずは「手引き書」から(!)と思っての購入です。猪瀬さん曰く「乳幼児死亡率の高さからソ連の崩壊を予言したトッドが、今はこういうことを言っている。アメリカの乳幼児死亡率は先進国で世界一。つまりアメリカは滅びかけている」云々。滅びかけているからこその「関税」騒ぎという訳です。

 

 

 目次は以下。

 

 1 日本から「家族」が消滅する日 E・トッド
 2 ウクライナ戦争と西洋の没落 E・トッド + 片山杜秀 + 佐藤優
 3 トッドと日本人と人類の謎 片山杜秀 + 佐藤優
 4 水戸で世界と日本を考える  E・トッド
 5 第三次世界大戦が始まった E・トッド

 

 トッドは「家族類型」というものさしを使って世の中を分析・把握・評価する人口統計学者かつ歴史学者かつ人類学者として知られています。トッドの本を読んだことがある人には、次のような文章は「いかにも!」という感じでしょう。

 

 直系家族社会は、「知識や技術や資本の蓄積」を容易にし、「加速の原則」という強みをもっていますが、他方で、過剰に完璧になると硬直化するという弱みがあります。「キャッチアップ」は得意でも「創造的破壊」は不得手なのです。「老人支配」を招きやすいのも難点です。
 これに対し、原初のホモ・サピエンスに近い家族形態で、より柔軟性があるのが、アングロサクソンの「絶対核家族社会」です。成人すると親元から独立する英米社会は、移動性が高く、世代間断絶が起こりやすい。つまり「継承」が得意な直系家族に対して、「革新」を得意とします。ここに、「アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか」を解く鍵があります。

 

 うん、トッドらしい。

 

 画一的な教育をしているから日本人は「創造的破壊」や「革新」が不得手なのだろうとか、教育を変えれば日本人はもっとクリエイティブになるだろうとか、自由進度学習を取り入れれば子どもたちはもっと主体的になるだろうとか、そういう話ではないということです。日本人の国民性をつくっているのは公立の小学校だ(!)という内容の映画、山﨑エマさん監督の『小学校 ~それは小さな社会~』が少し前に話題となりましたが、

 

 それも違う、と。

 

 日本人が「集団行動や規律」に特徴付けられるのは、教育の問題ではなく、直系家族社会だからだ、と。そしてその「家族重視」の直系家族社会ゆえに、日本や韓国は非婚化や少子化の問題を抱えているのだ、と。

 

 

 というような話が最初の章(1 日本から「家族」が消滅する日)に書かれているのですが、この本の白眉は2の「ウクライナ戦争と西洋の没落」と5の「第三次世界大戦が始まった」でしょう。冒頭の引用は2から。下記の引用は5からです。

 

 しかし、一つ明らかなことがあります。「領土をめぐる地域限定の戦争」から、「西洋連合」と「中国に支援されたロシア」との間での「グローバルな経済的衝突」へと変容することによって、この戦争は、すでに「世界戦争」になっていることです ―― 過去の世界大戦に比べれば、軍事的暴力はわずかだとしても――。

 

 冒頭の引用にせよ、上記の引用にせよ、要するにテレビや新聞などの日本のメディアでは何もわからないということです。わからないどころか、おもいっきり間違っている可能性すらある。トッド人類史という見方・考え方を働かせれば、第三次世界大戦はもう始まっていて、その原因はロシアではなく、アメリカにある、と。もちろん、トッドが正しいのかどうかはわかりませんが、片山杜秀さんや佐藤優さんや猪瀬直樹さんが参照するくらいだから、一読どころか、

 

 熟読の価値ありでしょう。

 

 ここで大事なのは、みずからに「考える時間」を与えることです。そして「考える時間」を得るには、何もしないこと、いったん立ち止まることが必要です。いま最も避けるべきは、迂闊に戦争や紛争にコミットすることです。流動的な状況で、見通しが立たないのであればこそ、何とか堪えて、立ち止まって、「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」を冷静に考えるのです。

 

 4の「水戸で世界と日本を考える」より。日本に対するアドバイスです。私に対するアドバイスのようにも読めました。異動したばかりで見通しが全く立たないのであれば、迂闊に仕事や職員室の人間関係にコミットするのではなく、何もせず、いったん立ち止まり、みずからに「考える時間」を与えた方がいい。すなわち、

 

 定時退勤した方がいい。

 

 おやすみなさい。