田舎教師ときどき都会教師

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伊坂幸太郎 著『楽園の楽園』より。人間の大好きなものは?

「生きていると理不尽な出来事に遭遇するでしょ。どうしてこんな目に遭わないといけないの! って思っちゃう」
「かもな」
「どうして! と言いたいことばっかり。でしょ? だけど、原罪があれば、それに答えることができる。『わたしたちには原罪があるから』『アダムとイブが約束を破ってしまったから』、そう理由を説明できる」
(伊坂幸太郎『楽園の楽園』中央公論新社、2025)

 

 おはようございます。昨日、国立競技場に行って、スーパー杯の「ヴィッセル神戸 VS サンフレッチェ広島」を観てきました。2007年にベトナムのハノイで観たアジアカップの「日本 VS サウジアラビア」以来、人生で2度目のサッカー観戦です。観戦のお供のひとりは、某有名広告代理店でバリバリと働いている、

 

 15年前の教え子。

 

FUJIFILM SUPER CUP 2025(2025.2.8)

 

 当時は4年生で10歳、現在は社会人3年目で25歳になった教え子と、サッカーを観ながら&寒さに震えながらコラボ授業の打ち合わせをしました。
 人生でいちばん楽しかったことは(?)とか、人生でいちばん辛かったことは(?)とか、大人図鑑と呼んでいるコラボ授業のときには6年生の子どもたちがそういったことを質問するはず、と話したところ、教え子曰く「小学校6年生のときの受験がいちばん辛かった」云々。

 

 そう言うんです。

 

 学習塾でいちばん上のクラスにいた同級生たちが羨ましかった。負けたと思った。自分は7クラスも下で、どうしてこんな目に遭わないといけないの(!)とも思った。でも、その敗北感と「どうして?」があったからこそ、中学校と高校で努力を積み重ねることができた。そう理由を説明できる。あのときの辛かった経験は、すべて今につながっている。理不尽に思えたあの辛さには、意味があった。大人図鑑で子どもたちに聞かせてほしいのは、未来は過去を変えることができるという、

 

 そんなストーリー。

 

 人はどんなものにも物語があると思い込む。きっと教え子もそのひとり。もちろん私も、そしてあなたも。

 

楽園の楽園

楽園の楽園

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 伊坂幸太郎さんの『楽園の楽園』を読みました。ヒトだけに備わっている、どんなものにもストーリーがあると思い込むという脳の習性を、安定の伊坂節に載せて物語ってくれる一冊です。脳は、

 

 因果関係を求める。

 

 校長が教職員一人ひとりをよく見て、どの教職員とも同じ距離感で接していたからお局さんだったり派閥だったりが幅を利かすことはなかったとか、群れることなく意見を主張することのできるベテランの先生が複数人いたから若手が安心して生き生きと働けていたとか、現在の職員室の雰囲気がよくないから過去の職員室が楽園のように思えてしまうとか、因果関係というのは、要するにそういうことです。まぁ、10年くらい前の話とはいえ、当時、そんなふうにネガティブにとらえてしまっていたのは、もしかしたら「原罪」のせいかもしれません。ちなみに「原罪」について、伊坂さんが登場人物に語らせると次のようになります。

 

「なんかもう、税金だとか年金を納めるのだって精一杯なのに、さらに原罪まで背負わされているなんて、がっくり来ちゃうよね。とにかく、この原罪のせいで、以降の人間は生の苦しみを得ることになったし、死ぬことにもなった、という話」

 

 安定の伊坂節です。昨日のブログで紹介した大岡昇平の『武蔵野夫人』なんて、まさにそうかもしれません。武蔵野夫人は、原罪のせいで色恋沙汰の苦しみを得ることになったし、死ぬことにもなった。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 伊坂幸太郎さんの『楽園の楽園』では、五十九彦(ごじゅうくひこ)と三瑚嬢(さんごじょう)と蝶八隗(ちょうはっかい)の三人が、原罪(?)によって苦しめられつつ、人類の危機を救います。変わった名前のその三人が、

 

 この物語の主人公。

 

 壊れつつある世界を救うのは、物語か、それとも科学か。ネタバレを避けつつ『楽園の楽園』をラディカルに要約するとそうなります。答えは物語でもあり科学でもあるわけですが、クラスの子どもたちに説明するために一般化すると次のようになります。

 かつては物語が優勢だった。交通事故に遭うとか、ろくでもない管理職のいる学校に異動になるとか、そういった偶然の出来事を、冒頭の引用でいうところの理不尽な出来事を、無害なものとして受け入れ可能にするために宗教が生まれ、それに付随するかたちで物語が生まれた。聖書がその典型。しかし科学が発達するにつれて、宗教は後景に引き、物語も力を失っていった。物語に代わって存在感を増していったのが科学だ。しかし、科学では心を救えなかった。救うどころか、物語が消えていくと同時に心も消えていった。臨床心理士の東畑開人さんは『心はどこへ消えた?』に《今、必要なのはエピソードだ。小さすぎる物語だ》と書いている。伊坂さんの心にも、おそらくはそういった危機感があったはず。だから『楽園の楽園』を通して、なぜヒトはストーリーを求めるのか、その理由を物語っている。みなさん、卒業まで残り28日(授業日数)となりました。一日一日を大切にして、すなわち一人ひとりの小さな物語を大切にして、

 

 過ごしましょう。

 

 

 あっ、聞くのを忘れました。疲れがとれていなかったのかもしれません。明日こそは、聞こうと思います。ちなみに答えはわかりますよね。

 

 そうです。

 

 正解。