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布施祐仁 著『従属の代償』より。国民の自立がなければ、政府の自立もない。

 約6年後の1976年、日本の対中外交に背中を押される形で、米国もついに中国との国交正常化に踏み切るのです。
 日中国交正常化以降、日中間の貿易額は7年間で6倍に増加していました。これに強い危機感を抱いたのが、米国の経済界でした。将来的に大きな成長が期待できる中国市場で日本に先を越されている現実に焦りを募らせ、米国も早く中国と国交を結ぶよう政府を突き上げたのです。
(布施祐仁『従属の代償』講談社現代新書、2024)

 

 こんばんは。1972年9月、田中角栄(1918-1993)が自主外交によって日中国交正常化に成功した際、アメリカの国家安全保障担当大統領補佐官を務めていたキッシンジャー(1923-2023)は「あらゆる裏切り者の中でも、ジャップが最悪だ」と怒りをぶちまけたそうです。つまり、

 

 当時の日本は対米従属ではなかった。

 

 小学校の目指す児童像でいうところの「自ら考え、判断し、行動する」ことができていた。そしてその日本の独立自尊の精神が約6年後の米中国交正常化を促し、ひいては台湾海峡の軍事的緊張の劇的な緩和に繋がったというのだから、対米従属を憂えている布施祐仁さんが田中角栄や石橋湛山(1884-1973)を引き合いに《国民の自立がなければ政府の自立もありません。政府のスタンスを従属から自立に変えるには、国民の自立が不可欠です》と書くのも頷けます。念のためというか自分のため&6年生の歴史の授業のために備忘録として書いておくと、石橋湛山は元総理大臣で、戦前には植民地放棄論・小日本主義を唱え、戦後は《対米一辺倒は危険だ》と一貫して指摘していたことで知られています。石橋湛山の主張に耳を傾けていれば、日米戦争なんて起きていなかったかもしれないし、現在の日本のヤバイ状況だって生じていなかったかもしれません。

 

 現在の日本のヤバイ状況とは?

 

 

 

 昨日の兵庫県知事選挙もヤバイ状況だし、台湾有事にまつわるエトセトラもヤバイ状況です。これに強い危機感を抱いたのが、米国の経済界ではなく、安全保障を専門とする、フリージャーナリストの布施祐仁さんでした。

 

 

 布施祐仁さんの『従属の代償』を読みました。曰く《安全保障を専門とするジャーナリストとして20年以上活動してきた中で、今ほど戦争の危機を感じる時はありません》という著者が、知ってほしい、考えてほしい、行動してほしい、そして独立自尊の精神をもってほしいという願いを込めて、私たちに届けてくれた一冊です。目次は以下。

 

 はじめに
 第1章 南西の壁
 第2章 中距離ミサイルがもたらす危機
 第3章 米軍指揮下に組み込まれる自衛隊
 第4章 日本に核が配備される可能性
 第5章 日米同盟と核の歴史
 第6章 米中避戦の道
 おわりに

 

 簡単にいうと、相も変わらず日本はアメリカに従属している、中国を仮想敵国と見なし、台湾有事が起こると想定して日米の軍事一体化が物凄いスピードで進んでいる、いつの間にかにミサイル基地もどんどんできている、つまり「専守防衛」ではなく中国本土への攻撃能力を備えた「積極防衛」に変わりつつあって、

 

 ヤバくない?

 

 そういったことが書かれています。ノンフィクション作家の森達也さんが著書のタイトルにもしているように『すべての戦争は自衛意識から始まる』のであって、自衛意識に基づく積極防衛はヤバイ。そして橋爪大三郎さんの『核戦争、どうする日本?』に《台湾侵攻はある。確実にある。日本はそれに、備えなければならない》とあって、本当にそうなりそうで、ヤバイ。

 

 いろいろヤバイ。

 

「はじめに」でも述べたように、防衛省は九州・南西諸島に配備する12式地対艦誘導弾の射程を現在の約200キロから1000キロ程度までに延ばした「能力向上型」の配備を2025年度から開始する計画です。

 

 第1章より。200キロであれば専守防衛、1000キロになると積極防衛になります。少なくとも中国はそう捉えるでしょう。1000キロであれば、中国本土に攻撃をしかけることができるからです。実際、《2022年12月の安保三文書の閣議決定で敵基地攻撃能力の保有を解禁し、このミサイルを敵基地攻撃にも使うと方針転換した》とのこと。布施さんは、キューバ危機もそのようにして起こったと警告しています。念のためというか自分のため&6年生の歴史の授業のために備忘録その2として書いておくと、1962年10月に起きたキューバ危機の発端となったのは、ソ連が米国の目と鼻の先にあるキューバに中距離ミサイルを配備すると決定したからです。相手が恐怖を感じるようなことをしてはいけません。子どもたちにもそう話しています。いわんや国をや。米国と日本のこういった動きに対して、中国外交部の傅聡軍備管理局長は、アメリカの国民に対して、次のように述べたそうです。

 

「キューバ危機を経験した国としては、米国が中国の玄関口にミサイルを配備した場合、中国がどのように感じるかは米国民も理解できると思う」

 

 米国民ではなくても理解できます。玄関口というのはもちろん日本のこと。台湾有事はあると勝手にみなし、日本は米国と協力しながらミサイルを配備しようとしているというわけです。ミサイルには「核」が含まれる可能性もあるそうで、そんなお金があるなら公教育に使ってほしい、と言いたい。ミサイルではなく専科の教員を増やしてほしい、と言いたい。そして中国を仮想敵国とみなすのではなく、米国に従属するのでもなく、田中角栄や石橋湛山のように「うまく」やってほしい、と言いたい。第4章には《台湾有事が核戦争にエスカレートする危険》もあると書かれていて、

 

 本当にヤバイ。

 

 2021年春、アメリカで出版された一冊の小説が安全保障関係者のあいだで話題となりました。
 邦訳本のタイトルは『2034 米中戦争』(二見書房、2021年)。NATO欧州連合軍最高司令官などを歴任したジェイムズ・スタヴリディス現役海軍大将が、元海兵隊員の作家エリオット・アッカーマンと共に執筆した小説です。

 

 この文章を読んだときに、水野広徳(1875-1945)の『次の一戦』(1914)を思い出しました。日米未来戦記のひながたとなった小説です。日米未来戦記というのは、作家で国会議員の猪瀬直樹さんが『黒船の世紀』で書いているところの《日本とアメリカが戦争する。そういう可能性について、いつ誰が考えたか。考え始めたか》の答えのひとつとなる小説群を指します。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 歴史は繰り返す。

 

 日本と米国の関係だったり、核のことであったり、従属にまつわるさまざまな歴史を学べるのも『従属の代償』のよさです。6年生の担任が読むと、そして歴史の授業のときに子どもたちに話すと、学びが深くなること間違いなし。布施さんが「はじめに」に書いているように《未来ある子どもたちに、私たちの時代を「戦前」と呼ばせ》てはいけません。ずっと戦後を続けていくためにも、

 

 従属ではなく、

 

 独立を。