行き場のない気持ちを抱えながら、家業の全てを否定するしか進む道はなかった。そこから一つ一つを変えていく。たとえ、どんなに辛い作業だったとしても、彼は信念を貫き通す。
なんと強靱な精神なんだろうと、私は圧倒された。
「父と母、そして従業員の全部を否定しないと自分たちが精神的に立っていられなかったんですよ。全てが悪くなかったかもしれないけど、” お前らの考えは間違っているんだ!”と言わないとモチベーションが保てなかったし、とてもじゃないけれどやり切ることはできませんでした」
(山内聖子『蔵を継ぐ』双葉文庫、2021)
こんばんは。まるでアップルのスティーブ・ジョブズ(1955-2011)の「Think different!」のよう。そう思いました。社会学者の宮台真司さんは、ジョブズのこの言葉を次のように意訳しています。
皆は間違っている!
業界は異なれど、高嶋酒造の高嶋一孝さんの「お前らの考えは間違っているんだ!」も、ジョブズが置かれた危機的な状況とよく似たシチュエーションのもとで発せられた言葉です。傾きかけていた会社を、あるいは傾きかけていた蔵を復活させるためには、厄介者と呼ばれようとも、現状を肯定するわけにはいかなかった。だから「Think different!」と叫びつつ、四角い穴に丸い杭を打ち込み続けた。そして、物事を変えた。私たちが iPhone を楽しめるのも、白隠正宗を楽しめるのも、二人の異端なスターのおかげというわけです。
何か変えたいなら、どうか、歌って。
山内聖子さんのデビュー作である『蔵を継ぐ』を読みました。副題は「日本酒業界を牽引する5人の若き造り手たち」。山内さんの作品を遡るように読んできましたが、正直、とどめを刺された感じです。インタビューベースで構成されていて、これがめちゃくちゃおもしろい。本家本元である猪瀬直樹さんのインタビュー・ノンフィクション(『日本凡人伝』や『ノンフィクション宣言』など)に負けず劣らずのクオリティーです。
山内聖子さんの『蔵を継ぐ』読了。処女作とは思えない、熟成したドキュメンタリー。若くして家業の酒蔵を継いだ5人(冩樂、廣戸川、白隠正宗、十六代九郎右衛門、仙禽)に、同世代の著者が、同世代だからこその距離感で迫ります。読むと、飲みたくなる、知りたくなる、そして、行きたくなる。#読了 pic.twitter.com/3Df7lsLpaH
— CountryTeacher (@HereticsStar) October 29, 2024
若き造り手としてインタビューされているのは、冩楽で知られる宮泉銘醸(株)の宮森義弘さん、廣戸川で知られる松崎酒造(株)の松崎祐行さん、白隠正宗で知られる高嶋酒造(株)の高嶋一孝さん、十六代九郎右衛門で知られる湯川酒造店(株)の湯川尚子さん、そして仙禽で知られるせんきん(株)の薄井一樹さんの5人です。
読む前におさえておきたいポイントは、5人がともに著者と同世代(1976~1984年生まれ)であるということ。それから、日本酒業界におけるその世代は、親がつくった借金をどうにかしなければならなかった《バブル処理班》(By 高嶋さん)であったということ。そんな彼ら彼女らの置かれた厳しい状況を慮りつつ、インタビュアーである山内さんは《同世代だからこそ踏み込めるかもしれない彼らの深い心の領域まで、私は迫ってみることにした》と書きます。
大人図鑑。
ここ数年、総合的な学習の時間に「おもしろい生き方をしている大人」を呼んで、語ってもらったり質問に答えてもらったりしています。さまざまな大人の生き方を通して、自他の人生を探求する(!)ということが目的の授業です。コンセプトは大人図鑑。で、おもしろい大人には共通点があるんです。それは、人生山あり谷ありを経験しているということ。経験した上で、自分らしい生き方をつくっていっているということ。
どのくらいの負債だったのですか、と聞くと、両手を使って「〇億」と示してくれた数字を見て、私は驚いて返す言葉を忘れてしまった。どう頭をひねったって、想像のつかない金額である。
高嶋酒造(株)の高嶋さんの話です。〇億円の負債にもめげることなく、人生を謳歌している高嶋さんってどんな人なのだろう。もしも高嶋さんが教室に来たとしたら、子どもたちはそんなふうに興味をもつことでしょう。山内さんも高嶋さんの生き方に興味をもち、彼のライフヒストリーを紐解いていきます。他の4人も山あり谷ありを経験していて、何というか、
良質な伝記を読んでいる気分に。
良質な伝記を読んでいる気分に加えて、良質な日本酒を飲んでいる気分にもなれるところが『蔵を継ぐ』の特徴です。
その後、『飛露喜』の味を知るために都内の居酒屋を回り、数軒を巡った後にようやく口にすることになる。感想を聞く間を与えないほど、彼の口から言葉が飛び出てきた。
「もう、衝撃!!」
酒蔵の経営にこそ興味があったが、とことん美味しい酒を造りたいというところまで気持ちが辿り着いていないさなかでの、出来事である。
宮泉銘醸(株)の宮森さんの話より。福島県の『飛露喜』との出会いが、その後の人生を方向づけたという話です。ちなみにせんきん(株)の薄井さんも『飛露喜』によって人生を方向づけられたようで、次のように語っています。
彼は無言でそれを口に含み、瞬間、頭のなかが真っ白になる。驚愕だったという。
「飲んだのは福島県の『飛露喜』です。日本酒はこんなに美味しいものなのかと、ただただ感動しました。正直、すぐには言葉が出なかったですね」
5人のうちの2人が『飛露喜』によって人生が変わったと話しているのだから、当然、飲みたくなります。
ん?
思い出しました。飲んだことがあったんです、『飛露喜』。そしてまた飲みたくなりました。衝撃とか驚愕とか、そこまでのレベルではなかったような気がするものの、お店の人が勧めてくれて、確かにうまい、と思ったことは覚えています。『蔵を継ぐ』を読み、頭の中に物語が入った状態で『飛露喜』を飲んだら、どうなるのか。
うん、飲みたい。
最後に、このブログは読書&教育ブログなので、学校と似ているなぁと思ったところを紹介します。湯川酒造店(株)の湯川さんの話より。
「酒蔵の経営を考えれば、蔵元として酒造りに介入するのは当然のことだと思うんです。うちはもともと経営者と杜氏との間に見えない厚い壁があって、父親は地域の役員の仕事や付き合いを理由に作業場には一切顔を出さないし、杜氏は酒が出来ても社長には見せない。すると、杜氏も蔵人もどんどん勘違いして会社を私物化してしまう」
非難しながらも、杜氏にだけ問題があるのではないと指摘する。
「私物化することに対して父親は文句を言うけれど、造り手からすれば蔵にほとんど来ない人に対してどういう酒ができたかなんて見せる必要がないと思うのは当然のことじゃないですか。いくら杜氏たちが造った酒とはいえ、会社のものだからそれはおかしいというのが正論ですが、私は杜氏の気持ちもよく分かるんですよ」
蔵元と杜氏の関係って、校長と担任の関係に似ているなぁと思いました。担任からすれば、教室にほとんど来ない校長に対して「何がわかるの?」と思うのは当然のことです、って、上記の内容はそんな風に読み換えることができます。蔵元と杜氏を兼ねる蔵元杜氏が増えているそうですが、うん、それがいい。校長も担任をもてばいい。教員不足のために教頭 or 副校長が担任をしている学校はすでにたくさんあるのだから、校長が担任を兼ねれば、業務の精選だって進むかもしれません。先日、高知県教育委員会が「2025年度採用の小学校教諭(採用予定130人程度)について、合格通知を出した280人中、既に7割超の204人が辞退した」と発表したそうです。もう、学級崩壊とか学校崩壊のレベルではなく、教育崩壊ですね。だからこそ、学校も、
Think different!
おやすみなさい。