私にその意思さえあれば、ここで遊牧民として生きることだって、決して不可能ではないということ。自分はそれくらい自由で、どこにでも住めるのだ、とはっきり自覚したのである。そうしたら、ものすごく楽になった。自分をがんじがらめに縛っていたのは、他でもない、自分自身だったのだ。
(小川糸『針と糸』朝日文庫、2022)
こんにちは。先日、作家(画家)の都守太朗さんらが開いているグループ展に足を運びました。10年くらい前に都守さんと授業でコラボして以来、個展だったりグループ展だったりの案内が来たときには可能な限り行くようにしています。
縁は育むもの。
都守さん曰く「授業が終わってからもこうやって来てくれるのは〇〇さんだけです」云々。縁を育むことのおもしろさや都守さんのおもしろさに気付いている担任があまりいないようで、
もったいない。
都守さんは毎日1枚の絵を描いていて、それをブログにアップしています。エブリデーライン。私たちにその石、ではなく意思さえあれば、イギリスの文化人類学者ティム・インゴルドが著書『ライフ・オブ・ラインズ』で述べているところの「偶発的に会うものを取り込みながらラインを描くという人生」を送ることだって、決して不可能ではないということです。私たちはそれくらい自由で、
どこまでも旅を続けられるのだ。
小川糸さんの『針と糸』を読みました。小川さんってこういう人なんだ、こういう家庭環境で育ったんだ、ということがよくわかるエッセイです。小説だけでなく、エッセイを書かせても超一流だ、ということもよくわかる一冊です。
天は二物を与える。
目次は以下。
第1章 日曜日の静けさ
第2章 母のこと
第3章 お金をかけずに幸せになる
第4章 わが家の味
第5章 双六人生
冒頭の引用は第5章からとりました。《ここ》というのはモンゴルのことで、「双六人生」という素敵なタイトルの意味はといえば、曰く《人生は双六のようなものだと思っている。そこまで駒を進めなければ、見えない景色があるんじゃないか、と信じている》云々。あとがきには《わたしの双六人生は、まだまだ続いている 》とあって、長く連れ添った旦那さんと離婚したということが綴られています。《人生における大きな決断をした》とのこと。そこまで駒を進めなければ、というのは、この「大きな決断」のことでしょう。
大きな決断をしなければ、見えない景色がある。
わかるなぁ。そして、その通りだなぁ。A県の教員をやめてB県に行く。B県の教員をやめてC県に行く。小さな決断かもしれませんが、そうしなければ見えなかったであろう景色がいくつもありました。
このエッセイ集の白眉ともいえる、母親との確執を描いた第2章の「母のこと」にも、わかるなぁと思えることがたくさん書かれています。例えば、これ。
私にとって、母との関係は、常に闘争だった。時に激しくぶつかり、時に無視することで、なんとかやってきた。早く家を離れたかったし、早く結婚して、別の家庭を持ちたかった。自分には帰る場所がないと割と早くから自覚していたので、私の自立心はたくましく育ったように思う。そういう意味では、母はとてもいい親だったと言えるのかもしれない。
わかるなぁ。松尾英明さんいうところの「不親切教師のススメ」と同じ話です。都守さんが「作家さんの中には幼少期にいじめられていたと話している人がけっこういる」と語っていたこととも重なります。そしてこの話は、小川さんの十八番である「物語」の基本構造とも似ています。すなわち「行って帰る物語」「難題を解決する物語」「欠如を回復する物語」の3つです。別言すると、
再生の物語。
9歳だという女の子の読者が、小川さんに《糸さんの本に書かれている内容は、つらい立場にある主人公が立ち直っていくものが多いように思います。それは、どうしてですか?》と手紙に書いて質問してきたというエピソードが第5章に出てきます。小川さん曰く《確かに、図星だ。自分自身、意識して書いているわけではないけれど、結果としていつも、再生の物語を書いている》云々。教育に置き換えると、自立心を育むためには「再生の物語」が必要ということでしょう。いじめはNGですが、学校現場において「再生の物語」を紡いでいくためにはどうすればいいのか。
2学期の課題のひとつです。
最後にもうひとつ。このエッセイは小川さんがベルリンに住んでいたときに書かれたものなのですが、そのベルリンでの平日の生活を充実させるために、小川さんは《一週間の曜日それぞれに、自分で自分にご褒美をあげることにした》そうです。具体的には、月曜日はケーキの日。火曜日は温泉の日。水曜日はヨガの日。木曜日はタイマッサージの日。そして金曜日は魚の日。
いつも幸せな人は、2時間の使い方の天才。
今井孝さんの新刊のタイトルです。人生の幸福度は必ずしも一日全体の過ごし方に依存するわけではなく、2時間の充実感で十分に満たされる。そういった考え方を提案している一冊です。わかるなぁ。そしてこう思います。小川さんは2時間の使い方の天才でもあるのだな、と。天は二物どころか三物も与えるのだな、と。まぁ、羨ましがっても仕方がありません。自分なりの意思をもって、
平日の生活を充実させること。
これも2学期の課題のひとつ。