田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

上田岳弘 著『旅のない』より。芥川賞作家が紡ぐ4つのストーリー。

 ナビを見ると、新幹線の駅まで残り10分ほどだった。僕は、彼が撮ろうとした映画の話を切り出すタイミングを見計らっていた。なぜか気になっていた。それは言葉に置き換えるべき何かが発見できる予感があったからかもしれない。時々、そんなことがある。言葉に置き換えることで、ごく少数かもしれないが、いくばくかの人に働きかける事象がそこに転がっていると感じることが。文章にしたところで、多くの人を感動させるほどのものではないかもしれないし、そもそも感動と表現してしまうと、崩れてしまう何かかもしれない。それを読んだ人の胸中に起こるのは、USBに差して使うタイプの扇風機が作る程度の微風かもしれない。けれど、それはうまく掘り当てられることを待っているのだ。
(上田岳弘『旅のない』講談社文庫、2024)

 

 こんばんは。今日、同僚から結婚式の招待状が届きました。開封したところ、思いがけず「当日乾杯のご発声を」とあります。こういうとき、芥川賞作家だったらどんな言葉を用意するのでしょうか。別言すると、上田岳弘さんだったら、どんな事象を掘り当て、どんな言葉に置き換えるのでしょうか。たぶん、

 

 うまいんだろうなぁ。

 

(2024.8.21)

 

 ただいまご紹介にあずかりました、学年主任の上田です。新婦の〇〇先生とは、4年生、5年生、6年生と、3年連続で同じ学年を組ませてもらっています。本日はこの素敵な結婚式にお招きいただき、大変名誉に思います。新郎新婦の幸せを祈って、乾杯の音頭を取らせていただきます。作家として、数多くの人生を見てきましたが、新郎新婦のように、お互いの人生を豊かにするパートナーを見つけることは、人生において大きな喜びです。子どもたちにも、今日のお二人のように、相手を尊重し合い、支え合う関係を築ける未来のパートナーを見つけてもらいたいと思います。教育というのは、未来の幸せを育むことでもあります。今日の新郎新婦も、きっと多くの人から愛され、支えられてきたことでしょう。その愛情をこれからも育てていってください。それでは、新郎新婦の末永い幸せを祈り、皆様と共に乾杯しましょう。準備はよろしいでしょうか。新郎新婦の幸せと、ご列席の皆様のご多幸を祈って、

 

 乾杯!

 

 作家と経営者の二足のわらじを履いている上田さんのことです。その気になれば、作家と教員の二足のわらじを履くことだってできるでしょう。もしも上田さんが作家と教員の二足のわらじを履きつつ、同僚の結婚式で乾杯の音頭を取ることになったら。そんなことを考えながら、ChatGDP と相談しつつ、上記の文章をつくってみました。うん、これだと笑いとエピソードが足りず、芥川賞のレベルには達していません。途中にある《教育というのは、未来の幸せを育むことでもあります》っていうところは「AIもやるじゃん」と感じたので参考にするかもしれませんが、まぁ、いずれにせよ、

 

 めでたい。

 

 

 上田岳弘さんの『旅のない』を読みました。本屋でたまたま手にとった一冊です。不思議なタイトルと、ほどよい薄さと、それから「川端康成文学賞受賞作!」&「芥川賞作家が紡ぐ4つのストーリー」という帯に散りばめられた惹句にアフォードされました。解説を書いている荒川洋政さん(現代詩作家)曰く《『旅のない』は、上田岳弘の最初の短編集だ》云々。

 

 アタリでした。

 

 

「旅のない」は、本書の白眉だろう。

 

 荒川さんの解説より。私もそう思いました。物語は、メーカーで働きつつ、作家でもある主人公の「僕」と、販売店で働く「村上」の二人の車中対話によって進んでいきます。テーマは「旅」。途中、村上が口にした《「いいなぁ、旅行。私には旅がないですから、うらやましいですよ」》という言葉が端緒となり、物語が意外な方向へと転がっていきます。

 

 旅がない?

 

「ある人にとっての当たり前が、別のある人にとっては贅沢であることもあります
 再びGを感じた。村上さんがアクセルを踏んだらしい。

 

www.countryteacher.tokyo

 

 前回のブログは「旅のある」でした。しかも贅沢な旅でした。

 ネタバレ防止のために詳しくは書きませんが、『旅のない』の雰囲気は、まるで村上春樹さんの『ドライブ・マイ・カー』のようなんです。どちらもダイアローグ。どちらも映画的。そう思っていたところ、村上が僕に小説のことを訊ねる場面があって、

 

 納得。

 

そう聞かれたら、「村上春樹の二番煎じ的な芸風でやらせてもらってます」と答えるのが習いだが、若い人だとそれが通じないことがあって、その場合は「ちょっと小難しい芸術系の小説ですね」と答えている。

 

 上田さんの本を読むのは初めてだったので、Wikipediaで調べたところ《人生で影響を受けた本として、村上春樹『風の歌を聴け』、ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』、カート・ヴォネガット『タイタンの妖女』を挙げている》とあって、

 

 さらに納得。

 

 上田さんが、村上春樹さんに対する敬意を隠していないということです。おそらくは実際に『ドライブ・マイ・カー』を念頭に置いて書いたのではないかと思います。オマージュとして、わざと、それがわかるように書いている。とはいえ、二番煎じではありません。田村が運転する車内は、冒頭の引用(『旅のない』より)でいうところの《言葉に置き換えるべき何かが発見できる予感》に満ちていて、

 

 開拓的なんです。

 

 荒川さんも、解説の最後に《著者の作品には、そこから先にある世界の空気が流れている》と書き、そのパイオニア的な部分に光を当てています。「二番」煎じではなく、そこから先の《そこ》、つまり「一番」にはない何かをつかみかけている感じが、

 

 ある。

 

 著者だけではありません。登場人物である村上もつかみかけているんです。えっ、意味がわからない(?)。ぜひ読んで、

 

 感じ取ってください。

 

 デビュー作である『太陽』(三島由紀夫賞の候補)も、三島由紀夫賞を受賞している『私の恋人』も、芥川賞をとっている『ニムロッド』も読んでみたくなりました。でも、2学期の足音が聞こえてきて、その中には運動会の足音も学芸会の足音も結婚式の足音も入っていて、

 

 時のない。

 

 おやすみなさい。