仙台駅の西口方面には、東西に走る大通りが三つあり、北から、「常禅寺通り」「広瀬通り」「青葉通り」と名前がついている。その常禅寺通りを駅側の端から十分ほど歩いたあたり、大きな交差点の角に百貨店「三越」があった。建物は二つあり、常禅寺通りにくっつく角に建つほうが「常禅寺通り館」で、そこと連絡通路でつながった南側が「本館」だった。本館側のアーケード通りに面した入口に、ライオン像があったはずだ。
「あれに跨がると夢が叶うんだって」
ライオンに跨がる?
(伊坂幸太朗、東野圭吾、他『時ひらく』文春文庫、2024)
こんにちは。土日に少し遠出をしてきました。遠出のお供は、伊坂幸太郎さんが執筆者の一人として名を連ねている、アンソロジー『時ひらく』です。伊坂さんは、
大学の先輩。
学部は異なるものの、在学期間も異なるものの、だから面識すらないものの、仙台の描写を読むと、いつも「過去ひらく」感じがして、ノスタルジーを刺激されます。仙台に限らず、東北は、
よい。
少し遠出をした。 pic.twitter.com/v6ej0Ek0uL
— CountryTeacher (@HereticsStar) August 18, 2024
過去ひらく。
仙台を起点にして、東北地方のいたるところに足を運んだなぁ。陸前高田とか、弘前とか、小岩井とか。気仙沼にある大理石海岸もそのひとつ。かつて、そこで切り出された良質の大理石が、日本橋にある老舗デパート「三越」の壁や階段に使われていたという、知る人ぞ知る名勝です。
今年の春にも行ったなぁ。大理石&三越&『時ひらく』に収録されている伊坂さんの『Have a nice day!』がフックとなって、遠出の最中、初任校のときの同僚の事務さんが次のように話していたことを思い出しました。彼女曰く「三越のライオン像に跨がったことがあります。若気の至りでした」云々。
ライオンに跨がる?
物語の名手たちが奏でる『時ひらく』を読みました。物語の名手というのは、辻村深月さん、伊坂幸太郎さん、阿川佐和子さん、恩田陸さん、柚木麻子さん、そして東野圭吾さんのことです。
錚々たる面々。
錚々たる面々たる人気作家6人が紡いでいるのが、老舗デパートの「三越」を舞台にした小説です。目次は以下。
思い出エレベーター 辻村深月
Have a nice day! 伊坂幸太郎
雨あがりに 阿川佐和子
アニバーサリー 恩田陸
七階から愛をこめて 柚木麻子
重命る 東野圭吾
東野さんの『重命る』は「かさなる」と読みます。ガリレオシリーズに「かさなる」作品で、物理学者の湯川学教授と刑事の草薙俊平が出てきます。
ファン、必読。
三越を舞台にした小説らしく、途中、湯川教授が「日本橋に行ってみよう」と呼びかける場面があります。英語でいうと「Let's」です。提案を表わす命令形。では、伊坂さんの『Have a nice day!』はどうでしょうか。
命令形?
「あれって、命令形なのかな?」「どうだろう」「テキストを見ていると、接客業の挨拶とかにも出てくるんだよね。買い物してくれたお客さんに。さようなら、というよりも、良い一日を! のほうがいい感じはするけれど」とエンドウさんは言った。
「でも、命令形だとするとちょっとプレッシャーかも。良い一日にしろ! って言われても」
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、『Have a nice day!』では、この「命令形」の話が伏線として見事に回収されるんですよね。さすがは先輩です。伏線回収のプロ。湯川教授に倣って「じつに素晴らしい」と言いたくなります。
もう一つ。
「マルチって違法じゃないんでしょ」私が言うとエンドウさんは表情を変えず、というよりも彼女はいつも感情を表に出さなかったのだけれど、「人を不幸にするかどうかは、違法かどうかとあまり関係がないからね」と答えた。
「冷静だね、エンドウさん」
「冷静なふりでもしていないとやっていられないよ。うち、お金なくて大変。電気もしょっちゅう止まるし、わたし、下着二セットしかないし。あ、お母さんのせいというより、もともとはお父さんのせいね。会社のお金を使いこんじゃって、お母さんはそれをどうにかしたくて、頑張り方を間違えた」
続・ネタバレになるので詳しくは書きませんが、『Have a nice day!』では、この「マルチ」の話も伏線として見事に回収されるんですよね。さすがは先輩です。伏線回収のプロ。湯川教授に倣って、もう一度「じつに素晴らしい」と言いたくなります。「人を不幸にするかどうかは、違法かどうかとあまり関係がないからね」&「頑張り方を間違えた」も、文章表現として、
じつに素晴らしい。
伊坂さんと東野さんの作品はもちろんのこと、辻村深月さんの『思い出エレベーター』も、阿川佐和子さんの『雨あがりに』も、恩田陸さんの『アニバーサリー』も、柚木麻子さんの『七階から愛をこめて』も、
じつに素晴らしい。
楽しいときも、悲しいときも、いつでも、むかえてくれる場所。私にとっての「東北」は、そういったところです。「実に面白い」場所でもあります。
実に面白い。
湯川教授の口癖は「じつに素晴らしい」ではなく「実に面白い」(特にドラマ)なんですね。いま、ネットで調べたらそう出てきました。『重命る』の最後の場面で湯川教授が「じつに素晴らしい」と口にするので、混ざってしまいました。伊坂さんの本はほとんど読んでいますが、東野さんの本はほとんど読んだことがありません。今度、読んでみたいと思います。で、最初に戻って、
ライオンに跨がる?
実に面白い。