豪傑の客、「それなら、もしどこか凶暴な国が、われわれが軍備を撤廃したのにつけこんで出兵し、襲撃してきたらどうします。」
洋学紳士、「私は、そんな凶暴な国は絶対ないと信じている。もし万一、そんな凶暴な国があったばあいは、私たちはそれぞれ自分で対策を考える以外に方法はない。ただ私の願いとして、私たちは武器ひとつ持たず、弾一発たずさえず、静かに言いたいのです。「私たちは、あなたがたにたいして失礼をしたことはありません。非難される理由は、さいわいなことに、ないのです。私たちは内輪もめもおこさず、共和的に政治をおこなってきました。あなたがたにやって来て、私たちの国を騒がしていただきたくはありません。さっさと国にお帰りください」と。彼らがなおも聞こうとしないで、小銃や大砲に弾をこめて、私たちをねらうなら、私たちは大きな声で叫ぶまでのこと、「君たちは、なんという無礼非道な奴か。」そうして、弾に当たって死ぬだけのこと。べつに妙策があるわけではありません。」
(中江兆民『三酔人経綸問答』岩波文庫、1965)
こんばんは。軍備を強化するべきだという豪傑の客と、上記のように説明する洋学紳士がいたとしたら、あなたはどちらの意見に賛成しますか。理由とともに答えなさい。小学6年生の社会科の授業でそのような問いかけをしたら、おそらく2021年は洋学紳士の勝利、2022年は豪傑の客の勝利となるでしょう。今年の2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻を、子どもたちはリアルに知っているからです。たった1年で、
酔い、醒める。
中江兆民の『三酔人経綸問答』を読みました。さんすいじんけいりんもんどう、と読みます。名前は耳にしたことがあっても、読んだことはない古典ってたくさんありますよね。岩波文庫には、
そんな本がいっぱい。
ちなみに、メディア・アーティストの落合陽一さんは、大学1年生のときに生物の教授から「岩波文庫を100冊読みなさい」と言われて、つくばエクスプレス(通学)の車内でマラソンのように読んだそうです。先月の18日に行われた作家の猪瀬直樹さんとの対談の中で、そう話していました。著書の『忘れる読書』にもその話が書かれています。
落合さんとの対談の際、猪瀬さんが「今から読むなら10冊でいいよ」と話していたので、とりあえず2023年は10冊(岩波文庫)を目標にチャレンジできたらいいなぁと思います。で、落合さんのその話と、前回のブログで紹介した猪瀬さんの『日本システムの神話』に書かれていた次の内容に触発されて、岩波文庫の『三酔人経綸問答』を、ポチッ。
福沢が『脱亜論』を書いてから2年後、そして樽井が『大東合邦論』を書く6年前の1887年(明治20年)、中江兆民が『三酔人経綸問答』という本を著します。そこには登場人物が三人出てきます。一人は西洋の学問を学んだ洋学紳士。これは蝶ネクタイをした洋服のおじさんと思ってください。もう一人は伝統的な和服を着た豪傑です。この二人のあいだに兆民自身をモデルにしたとされる、一度酔えば政治と哲学を論じてやまない南海先生がはさまって、三人で日本の将来について語り合います。ヨーロッパとアジアとの境目で、どうやって生き延びようかと議論するわけです。この『三酔人経綸問答』は、皆さんも一度、読んでおいたほうがいいと思います。そんなにむずかしい話ではありません。なにせ酔っぱらいの話ですから。
福沢諭吉の『脱亜論』とか、樽井藤吉の『大東合邦論』とか、そういった固有名詞がサラッと出てくるところに猪瀬さんの圧倒的な教養を感じます。恥ずかしながら「たるいとうきち」なんて知りませんでした。もっと本を読みたい。もっと本を読んで、子どもたちに還元したい。とはいえ、現在の労働環境ではなかなか難しいというのが実際です。
NHKクローズアップ現代の「『だから僕は1年で教師を辞めた』 23歳元教師が語る過重労働の実態」(2022年4月27日)より。こんな毎日を過ごしていたら、本なんて読めませんよね。部活動がないとはいえ、小学校の教員も同じようなもの。教員が本を読めなかったら、誰が子どもたちに本のおもしろさや本の内容を伝えるのでしょうか。このスケジュールを見たら、洋学紳士だって怒り出すかもしれません。いわんや豪傑の客をや。
子供を見てごらんなさい。やっと這いまわれるようになると、犬、猫などを見ると棒をふりあげて打ったり、尾をつかんで引きずったりして、まんまるい童顔をにこにこさせてうれしがる。そんなことをしないのは、きっと身体が病弱で元気のない子供です。それに、憤怒は道義心のあらわれです。いやしくも道義心のあるもので怒らないものはない。
豪傑の客の言葉です。前半の子どもの例えはちょっと賛同しかねますが、後半の《憤怒は道義心のあらわれです》というところはアグリーです。休憩時間0分なんていう労働環境を強いられておきながら怒ることもなく洋学紳士のように無抵抗な態度でいる私たち教員は、もしかしたら道義心に欠けているのかもしれません。怒る必要のあることは、上手に怒らないと!
軍事ではなく、教育にお金を!
歳をとったなんて一度も感じたことがない。落合さんとの対談の折、猪瀬さんがそう話していました。《自分こそ人類の社会生活の指南車である》とは、洋学紳士と豪傑の客を招き入れた南海先生の言葉ですが、現代でいえば、猪瀬さんこそ、その台詞に相応しいように思います。まぁ、ファンの贔屓目かもしれませんが。
もうすぐ2022年が終わります。
2023年も宜しくお願いします。