八歳の冬の日からずっと、強く輝くものが私の胸のうちに宿っている。夜道を照らす、ほの白い一等星のように。それは冷たいほど遠くから、不思議な引力をまとっていつまでも私を守っている。
(三浦しをん『きみはポラリス』新潮文庫、2011)
こんばんは。先日、勤務校の若手3人(♂、♀、♀)と一緒に、1泊2日で東北の被災地(気仙沼、陸前高田、南三陸、大川小学校、松島、等々)をまわってきました。リアル防災&減災教育研修です。新幹線に乗って、いざ一ノ関へ。レンタカーを借りて、いざ気仙沼へ。
彼の地はポラリス。
ポラリスとは、北極星のこと。初任から3年間お世話になった気仙沼は、人も場所も思い出もすべてひっくるめて、私にとってのポラリスです。
あれから約20年。
気仙沼での夜、初任校でお世話になった師匠に会って、震災当時のことや地方の教育の現状などを若手3人に語ってもらいました。夜道を照らす、ほの白い一等星のような師匠を初任時代にもてたこと、今となってはきせきのように思います。その師匠に「20代の若手3人がついてきてくれるくらいには、僕もそれなりに成長しました」って、かたちとして伝えることができたこと、そのこともまたきせきのように思います。だから、若者たちが星空に目を奪われて「ほんとだ、すごい」って歓声を上げたこの夜も、
私にとってのポラリスに。
「ほんとだ、すごい」
と私は歓声を上げた。母に叱られないよう、夜は早くに寝てしまうし、空気のきれいなところへ旅行するような家族でもなかったので、私はたくさんの星など見たことがなかったのだ。
三浦しをんさんの『きみはポラリス』を読みました。三浦さんの短編を読むのは初めてです。収録されているのは11篇の物語。本の帯には《すべての恋愛は、普通じゃない。最強の恋愛小説集》とあります。目次というか、各タイトルは以下。
永遠に完成しない二通の手紙
裏切らないこと
私たちがしたこと
夜にあふれるもの
骨片
ペーパークラフト
森を歩く
優雅な生活
春太の毎日
冬の一等星
永遠につづく手紙の最初の一文
で、解説は小説家、エッセイストの中村うさぎさんです。
ポラリスとは、北極星のことであろう。だとすると、表題にもっとも近いタイトルは『冬の一等星』のように思える。十一篇の中で、私が一番好きな作品だ。ただ、この短編には、実際には「北極星」は登場しない。その代わり、次のような美しい一文がある。
冒頭の引用がその《美しい一文》で、私も中村さんと同様に『冬の一等星』が一番好きだなと思いました。8歳の女の子と、誘拐するつもりはなかったものの、結果としてその女の子を車ごと誘拐することになってしまった文蔵の、1泊2日のドライブ物語。結果の結果として、事件後にいなくなってしまった文蔵が、やがてその女の子のポラリスになるというのが大筋その1です。
結果には必ず原因がある。
星空を見上げつつ、天文学者のガリレオ・ガリレイはそう言いました。20代半ばの文蔵が、結果として小学生の女の子を誘拐してしまったのは、その女の子に「たまに(親に隠れて、勝手に)車の後部座席で眠る」という習慣があったから。
それが原因のひとつ。
原因の原因や、文蔵サイドの原因についてはネタバレになるので書きませんが、いわゆるストックホルム症候群(誘拐事件や監禁事件の被害者が犯人と共に時間を過ごしていくうちに、犯人と共感意識が生まれて、好意的な感情が芽生えてしまうといった現象/Wikipediaより)によって二人の間にラポートが形成され、やがては「愛」に、というのが大筋その2です。
コミュニケーションの質はシチュエーションに左右されます。だから、コミュニケーションの質を上げたければ、シチュエーションに注意を払えばいい。ストックホルム症候群や、このブログで取り上げたことのある恩田陸さんの『夜のピクニック』が典型です。シチュエーションが「原因」で、コミュニケーションの質が「結果」。レンタカーでの会話も、露天風呂での会話も、それから星空の下での会話も、普段学校で交わすそれとは違っていて、やはりシチュエーションって大事だなぁと思った1泊2日でした。8歳だった女の子も、大人になった折、文蔵との1泊2日を振り返って、きっと同じように感じとることでしょう。
2日前のニュースに「精神疾患による教員の休職や休暇が過去最多 若い世代ほど高い割合」(教育新聞)とありました。これまでの話の流れとつなげれば、要するに「結果」です。長時間労働をやめること。6時間授業をやめること。そして教員も子どもも、学校とは違ったシチュエーションに身を置く機会を増やすこと。つまりは「原因」である労働環境を改善すること。
教育の質を上げるために。
それがポラリス。