田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、旅行、映画」

三浦しをん 著『風が強く吹いている』より。親を喜ばせたいやつばかり、ってわけでもないんだよ。

「私自身、報われなかったのはがんばらなかったからだという考え方に納得がいかないからです。才能や実力のない人に到底たどりつけない目標を与えてがんばらせるのは、人間を不幸にすると思う。できる、できないという基準ではない価値を築けるかどうかを、…

宮台真司 著『社会という荒野を生きる。』より。コロナ禍という荒野を生きる。憲法の話と家族の話。

実際、奥平先生の憲法学がとりわけ強調するのが「憲法とは何か」なのです。共著の『憲法対論』でも「憲法とは何か」を分厚く語っていただきました。日本では「非常識な人」が多いので、「法律の一番偉いのが憲法だ」などと思っていますが、ありえません。 法…

伊坂幸太郎 著『逆ソクラテス』より。教え子との再会は教師冥利に尽きるという話。

僕が思い出したのは、父が前に、「お父さんたちも試行錯誤なんだよな」と言った時のことだ。「子育ては初めてだし、何が正解なのかいつも分からないから、ほんと難しいよ。ただ少なくともお父さんは、自分が親に言われたり、やられたりして嫌だったことはや…

東浩紀、宮台真司 著『父として考える』より。with コロナの時代に「親として考える」こと。

こうした「遊びからの学び」と、「お話を聞くときは手をおひざ」とか「犬と猫はどちらが大きいですか」みたいな教育と、どちらが子どもの将来の幸せにとって有効なのかは、言うまでもありません。何度も言うけど、自分の頭が悪くても、頭が良い子と友だちに…

宮台真司 著『正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く』より。教育における直接体験や享楽はどうデザインすればよいのだろう。

子供らが草野球するのを、野原に降り立った火星人が見ている。フィジカル(物理的・身体的)な挙動は観察できる。でも何をしているのかは分からない。分かるには子供らの体験を追体験できなければいけない。火星人はやがて「こうではないか」と思えるように…

沢木耕太郎 著『旅のつばくろ』より。旅への強い思いを抱くために。今は充電期間。

恐らく、いまの子供たちは、岩井海岸に臨海学校に行っても、栗駒山に林間学校に行っても、いや行かなくても、私や理髪店の主人のように強い思いを抱くことは少ないような気がする。家族と泊まりがけの他の旅行と紛れて、淡い記憶しか残らないのではないかと…

岩田健太郎 著『感染症は実在しない』より。病気は現象、学力も現象。

(前略)インフルエンザは実在せず、私たちが認識する現象にすぎません。そして、私たちの認識のあり方は、どのように検査をしようとか、どのように治療をしようかという戦略性・恣意性によって変わってきます。私たちの態度、立場、恣意性がインフルエンザ…

中村文則 著『遮光』より。典型さについて。昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか。

美紀が今いれば、私には違う人生があったし、それは美紀にとっても同じ事だった。私は美紀を幸福にしたかった。私は美紀と、よくある平凡な生活を、そういった典型的な生活を、ただしたかった。(中村文則『遮光』新潮文庫、2020) おはようございます。先月…

門井慶喜 著『銀河鉄道の父』より。厳しさと過保護の間で揺れ動く現代のお父さん。身につまされます。

もっとも多かったころは九人いたのだ。家族の数が半分以下になると、時の経つ速さは倍以上になる。そのことを政次郎ははじめて知った。 或る朝。 シゲとクニが学校へ行ってしまうと、がらんとした座敷に立って、(あ) 心が、棒のように倒れた。 倒れる音ま…

神保哲生、宮台真司、他『教育をめぐる虚構と真実』より。ペスト → 文芸復興(ルネサンス)。コロナ → 教育復興。

経済界は教育に「新しい産業構造に合った人材をくれ」と言いだします。利害関係者として当然の要求です。問題は、それにどの程度応じるべきなのか。あるいは、どの程度拒絶すべきなのか。経済が回らないと、社会は回りません。でも経済を回すために社会を犠…

神成淳司、宮台真司 著『計算不可能性を設計する』より。ICTを活用し、履修主義から習得主義へ。

では、教育のどの部分に人間が必要なのかと言えば、教科書に記述された内容とは別に、より実践的な要素を盛り込んだ教育の部分でしょう。テストでよい点を取るためではなく、実際に社会に役に立つような実践的な教育のことです。 例えば、物理・科学の実験で…

村上春樹 著『猫を棄てる 父親について語るとき』より。降りることは、上がることよりずっとむずかしい。

それが僕の子供時代の、猫にまつわるもうひとつの印象的な思い出だ。そしてそれはまだ幼い僕にひとつの生々しい教訓を残してくれた。「降りることは、上がることよりずっとむずかしい」ということだ。より一般化するなら、こういうことになる――結果は起因を…

沢木耕太郎 著『陶酔と覚醒』より。小学生は陶酔して「する」。教員は覚醒して「みる」。

もしかしたら、「みる」に対する言葉は「みられる」なのかもしれない。しかし、私には「みる」の対語は「する」であるような気がする。そして、その「みる」という動詞を人と結びつけるとするなら、「みる者」と「みられる者」ではなく、「みる者」と「する…

日垣隆 著『つながる読書術』より。コロナの夜長に、つながる読書を。

私自身が「本読み競争」に参加したのは高校三年の三月からです。それまで書店で本を買ったこともなく、本好きの姉にバカにされていました。「本を読まない男に価値はない」と宣告されたときは、「多感な年頃のかわいい弟に、こんな言葉を投げつけるとは」と…

若狭蔵之助 著『子どもと学級』より。自由からの逃走。歴史は繰り返す。

彼らは、身近な自然や社会にはたらきかけ、そこに興味を見出し、それを書いていくことに慣れていない。彼らはつねに、彼らの内からではなく外から課題を与えられてきた。したがって、彼らに課題を与えてきた教科書やドリル帳やプリントを取り除かれると、よ…