田舎教師ときどき都会教師

テーマは「初等教育、読書、映画、旅行」

三浦英之 著『南三陸日記』より。「生きる」ということは、「守る」ということ。

卒業式の直前、教頭は生徒の作文を読んで驚いた。「津波が起きて『良かった』と思えるようになりたい」とある女子生徒は書いていた。 大切な人や家も失い、悲しくて、苦しくて、今はどうにもならないけれど、それをいつか「良かった」と思えるぐらい、自分は…

蔵前仁一 著『いつも旅のことばかり考えていた』より。どんなふうにして暮らしたってかまわんのだ、と思える教育を!

三菱の社長より長期旅行者の方が幸せであるなどど断言することはもちろんできないのだが、要するに人の生活などいろいろだと思えるのだ。何でそう思うのかというと、それこそが旅をしてさんざん見てきたことだからなのである。 どんなふうにして暮らしたって…

小熊英二 著『地域をまわって考えたこと』より。学校もまわろう。そして考えよう。

日本の場合、集合意識の範囲の指標の一つは、お祭りが開かれる神社と、小学校の校区である。明治期に小学校が設立された際には、明治政府に予算がなく、地元社会の寄付で建てられることが多かった。寄付が集まる範囲は、仲間意識のある範囲と深い関係があり…

中島聡 著『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』より。ロケットスタート時間術で、2020年も思い切り楽しみましょう。

しかし一歩立ち止まって、本質的な意味を考えることは重要です。アメリカではそのように、形式より意味を考えて判断することがとても多いのです。 たとえば車を運転してスピード違反で捕まったときに「息子が熱を出していて」という言い訳が通用することは結…

坂口恭平 著『徘徊タクシー』より。わかりあえないことから。

「ばあちゃん、どっちね?」 大声をあげて尋ねると、彼女は右の人差し指をまっすぐに伸ばした。そこは小さいころ従兄弟たちとよく歩いていた道であった。トキヲを背負った僕は彼女の指を道標に少しずつ歩きはじめる。 トキヲをおんぶしたのはこれが初めての…

坂口恭平 著『幻年時代』より。視点の共存と多重空間と宮沢賢治。

幼少期に二つの記憶がある。どちらも僕はベビーカーに乗っている。どちらも楽しい思い出ではない。~中略~。二つの記憶には共通点がある。自分の目から見た視点、その坂口恭平を遠くから眺めているもう一つの視点が共存していることだ。(坂口恭平『幻年時…

三浦瑠麗、乙武洋匡 著『それでも、逃げない』。だいじょうぶ(?)職員室。

三浦 今までに、主戦場となる場所はなかったんですか? 乙武 ゼロではないですよ。テレビでコメンテーターを務めたり、スポーツライターとして選手の思いを読者に伝えたり、それぞれやりがいはあったし、楽しかった。ただ自分の使命を全うできているのかと考…

ちきりん 著『徹底的に考えてリノベをしたら、みんなに伝えたくなった50のこと』より。保護者に伝えたくなったこと。

世の中の取引には、売り手と買い手が「等価な価値を交換する取引」と「両者で共に創出した価値を分け合う共同プロジェクト型の取引」があります。 日常的なお買い物の大半は前者です。500円のお弁当と500円分の現金を交換する。3000円分のセーター…

宮口幸治 著『ケーキの切れない非行少年たち』より。ケーキの切れない非行少年たちに、クリスマスケーキを!

私が本書を書こうと思ったきっかけは、本文中でも引用した元衆議院議員の山本譲司氏の著書『獄窓記』(新潮文庫)を読んだことでした。さまざまな障害を抱え、本来なら福祉によって救われるべき人たちが、行き場がないがゆえに罪を犯して刑務所に集まってし…

小熊英二 著『インド日記 牛とコンピュータの国から』より。教員採用試験日記、都会と田舎の2次試験から。

値切るという行為は、いわばその行為を通して、「顔見知り」になる手間を支払うことであるともいえる。その手間を惜しむならば、金をよけいに払うか、毎日きて自然に顔見知りになって安くなるのを待つかという手順を踏むのだろう。貨幣はすべての価値を数字…

ヤニス・バルファキス 著『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』より。がんばる子どもはOK。でも、がんばりすぎる教員はNGかもしれない。

しかし市場社会では、漁師はみな起業家として競争しあうことになっているので、競争に反する約束(や法律)は起業家精神に反する。地元のパブでビールを飲みながら、100人の漁師全員が、漁をするのは1日1時間にするのが合理的だと同意しても、実際には…

大谷ノブ彦、平野啓一郎 著『生きる理由を探している人へ』より。バンコクの美女と八方美人だった同級生の話。

『私とは何か』の中でも書いたんですけど、「分人という考え方は八方美人のススメなのか?」って聞かれることがあるんですね。だけど、それはまったく違っていて、両者はむしろ逆なんですよ。分人を考える人は、「相手によって自分が変わる」ということを理…

寺脇研 著『それでも、ゆとり教育は間違っていない』より。ゆとり教育は間違っていない。忘年会スルーよりもサビ算スルーを。

人間力というのはどんな権威あるブランドや金よりも、人を魅了し生き方を変える力を持っている。 例えばこの本の編集者である澤田氏も、寺脇氏に「説得」された一人だ。高校時代、学校や授業のあり方に大きな疑問を抱き、上京して単身、文部省に乗り込み、「…

是枝裕和、樋口景一 著『公園対談 クリエイティブな仕事はどこにある?』より。明日は「忘年会スルーの反対」です。好き ⇔ 嫌い。

僕は、今の自分が、若い頃に考えてきた自分よりも保守的な気がしているんです。今年のお正月も、十数人で新年会をやって書初めをした。そういうのが意外と嫌いじゃない。お年玉配って、みんなでボーリングして、焼き肉食べて、今年も頑張りましょうと言って…

國分功一郎 著『暇と退屈の倫理学 増補新版』より。通知表よりも面談を、3期制よりも2期制を、退屈よりも興奮を。

楽しむことは、しかし、けっして容易ではない。容易ではないから、消費社会がそこにつけ込んだのである。 ラッセルはこんなことを言っている。「教育は以前、多分に楽しむ能力を訓練することだと考えられていた」。ラッセルがこう述べることの前提にあるのは…